『捨てないで』

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 雪が降っている。  灰色がかった雲が広がり、白くふわふわした雪が降ってきては地面に触れた途端、崩れて溶けていく。その雪は僕に直接当たることはない。僕らはビニールの袋に入れられて、置かれているからだ。    今日は大寒波がやってきているようで、一際寒くなるようだ。朝早く起きたあの子は震えながら僕らを外に置いた。  僕があの子に会った時もとても寒い日だった。それまでは僕はお店の中に同じ顔をした仲間と共にいた。たくさんの子供や大人が遠くから見たり、触ったり、撫でたりしながら僕らを選びとってゆく。そんな中、ピンクのマフラーを付けた頬と鼻の頭を赤くした女の子が僕を選んだ。「この子がいい!」と言った子と一緒に来ていた大人は僕に付けられた札を見て、躊躇っていたが、僕はその子と一緒にレジに行った。  そうして僕は初めて外に出たのだ。あったかい店内と違って、冷たい風が体に当たった。初めての車、初めての場所、初めての愛。初めてのことばかりだった。  家に着くと、犬や有名なキャラクターの見た目をした先輩達が並んでいた。その中で僕はあの子の1番のお気に入りになり、どこにいても一緒に行った。あの子が大きくなると一緒に外出することはなくなった。学校という場所に行ったからだ。それでもあの子は帰ってくると「ただいま」と声をかけてくれて、一緒に遊ぶ。とても幸せな日々だった。    そんな日にも終わりが来た。新しいぬいぐるみがやってきたのだ。あの子がはまっていたゲームのキャラクターだった。僕は他の先輩と一緒に並ぶことになった。あの子と関わるのは一年に一度だけ。あったかくて天気の良い日に外に出され、また並べられる。他の日はあの子の笑い声や話し声を聞き、偶に怒られて泣いている時もあって、そんな時は側にいてあげたくなった。そして何年かすると後輩も隣に並んでいた。  大人になると僕らは必要とされなくなる。  ある日、彼女たちはとても喜んでいた。内定というものを貰ったらしい。家ではお祝いをしていて、美味しそうな料理が並べられていた。その日からしばらくして、あの子は部屋を片付けるようになった。それまではあまり大きく動かすことはなかったのに、色んな物が移動して、袋や箱に入れられた。僕は一緒に並んでいた先輩や後輩と共に、半透明の青い袋に入れられ、今は外に置かれている。  雪が降り積もってきた。僕らの袋の上にも積もり、目の前が白く染まり、景色が見えなくなった。次、外が見える時は僕がこの世からいなくなる時かもしれない。人間には前世とか来世っていうものがあるらしい。僕らにも来世があるのなら、気持ちを伝えられるようになりたい。「楽しい」とか「嬉しい」とか「ありがとう」とか。あの子は絶対喜んでくれると思うから。 でも僕が1番伝えたい言葉は 『大好き』
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