15、タンジーを編む (終章)

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アンはほんの少し震えていたし、また不自然な笑みを作っていた。 もうどういった感情でロニーが次に紡ぐ言葉を待っていたら良いのか分からなかったのだ。 「ロニー、アンが困っているわ。可哀想に」 ソフィアが近寄り屈んで背を摩ってくれる。 「お嬢様……」 その温もりに縋るような目を向ければ、女の表情は「サプライズ成功ね」と言いたげに心底愉しそうで……。 アンは分かっていたけれど、ぐっ、と涙を堪えて俯いて。弱々しい声がやっとで床に吐き捨てられた。 「この、アクマ……! 天使の皮を被った悪魔じゃないのおっ」 「まあ! 初めて言われたわ。でも天使だなんだと言われるより、よっぽど心が軽くなれるものね」 そんな混沌とする会話に割ってきて、やっと口を開いたかと思えば、 「お嬢様を悪く言わないで下さい。このような場を用意して下さったのですから」 などと言うではないか。 「は?」 それで完全に頭にきたアンは、ゆらり、立ち上がると。 その声の主にナイフを向けた。 「お前だけには言われたくないわ。何も知らない無垢なお姉様を自害に追い込んでおいて。許さない……ヴェロニカ・ウッド」 あんなにも気が動転していたというのに。 ナイフの先が少しも震えていなかった。 復讐を遂げるためだけの、静かに燃える怒りと憎しみを糧に、アンはしっかりと足を地につけて立っていたというのに。 「私も。許すつもりもありませんでしたから、よく分かります。アンバー・フラン」 「なに……」 「偶然にもこのお屋敷にやって来た日、すぐにメイジーの妹だと。よく似てる……無意識に人を見下し掌握しようとするブラウンの瞳と口調。マルーンの髪」 懐かしむように目線を寄越すヴェロニカが、急に無表情へと変わる。 「メイジーのことをお話する前に一つ」 「窺っているようで勝手に話を進めるんじゃないわよ……」 ゆっくり前に進むアンが、あと少しで向けた切っ先が肉へと沈む瞬間。手を広げながら告げられた。 「私の父は、フラン男爵に殺されました」 瞬間、足は硬直したよう、ぴたり、と止まり。 ナイフが落ちた。 だだっ広い空間に金属音とその言葉だけが何時までも耳にこびりついて。 「あ、の男が……だったらこの物語が発刊されなくなったのは……」 嫌な汗が吹き出て、立ち竦むことしか出来ずにいた。 狙ったよう、今度はロニーが静かに前へと出てナイフを拾いアンに向ける。 耳元へ唇を近付けると、フラン男爵が治める町の名前を囁いた。 そして〝私の故郷です〟と付け加えて。 「領民はもう嘆く力も残っていなかった。奴隷のように働かされる割りには明日食べる物にも困り、薬も買えず。終いには玩具のように遊ばれ死ぬ。そんな領主は……」 「穀潰しで、無能、くそったれで無責任……」 うわ言のよう呟く。 ロニーは嬉しそうに頷いた。 「私の父が書いた記事です」 「あ、ああ……っ!」 アンは頭を抱えてまま膝を落とし、蹲った。
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