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爆弾?
それってあの爆発するやつのこと?
最初にその話を聞いた時、そう考えたのは俺だけではなかったらしい。オホーツク鉄道の運転士兼車掌も、事務所で電話を受けた事務員も、通報を受けた遠軽警察署の署長でさえ同じことを考えたそうだから、誰も皆、恐怖より先に疑問符が浮かんだのだろう。
通学・下校の時間でもなく、遠軽の病院に行った町民が帰って来るにも少し早い。誰も乗っていないに決まっている列車を爆破して何になるというのだろう。
もちろん例えイタズラであろうと、そんな通報があった以上、黙って列車を走らせておくわけにはいかない。それに乗客は誰も乗っていないにしろ、もちろん運転士は乗っているし、万が一住宅街のど真ん中で爆発でもしたなら、周辺住民に死傷者が出てしまう。
紋別行き普通列車は中湧別駅に停車した時、駐在所のお巡りさんだけでなく、遠軽の自衛隊基地からやってきた爆発物処理係と思しき人達が車内をくまなく捜索した。くまなく……と言っても、何せ一両編成の小型気動車である。約一時間程度で異常なしと判断されて発車して行った時には、中湧別駅の周囲にちょっとした人だかりができていた。
人間とはなんとくだらない生き物なのだろうか。去って行くキハ40を見送りながら、駅長犬として、俺は本気で腹が立ってきた。
鉄道業界の人間(犬)にとって定時運行は大切な使命である。誰も乗らず・誰も降りない鉄道であってもその事実に変わりはない。それに湧別から紋別・遠軽に通学している学生にとってこの路線は、大切な交通手段なのだ。こんないたずらで夕方の運行に支障をきたしたなら、彼らは自宅に帰る手段に頭を悩ませることになる。
――しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
次に起こったのは、置石だった。
元紋別駅の近辺の線路の上に、直径三センチ程の石が約二メートルにわたって置かれていた。獣やカラスのいたずらとは考えにくい。明らかに人の手によるものだった。
この置石というのは鉄道とって非常に厄介な代物で、ほんの小さな石であっても脱線事故の原因となりかねない。幸い、この時は踏切を通った近所の住人が気づいて通報してくれた為事なきをえたのだが、何せ日本でも有数の過疎化地帯である。誰にも気づかれなった場合、オホーツク鉄道始まって以来の人身事故が起きていた可能性が高い。
事ここに及んで、オホーツク鉄道でも先の爆弾騒ぎと合わせて、正式に警察に被害届を出そうかと考え出した。立て続けに二回続いた今回の事件は、ただのいたずらにしては悪質である。業務終了後、俺を撫でながら缶コーヒーで一服しているバーパパ(一話参照)に事の次第を聞きながら、犬である俺も、これは充分威力業妨害で立件可能なのではないかと思った。
え、犬の分際でどうしてそんな法律用語を知っているのかって?
俺は若い頃、人並みの飼い犬をやっていた時期がある。その頃の家人が刑事ドラマ好きで、テレビで相●とか科〇研の女とかをよく見ていたので、その頃の名残だ。あとはバーパパおよびその他の社員が時々おいて行く、北海道新聞から学んだ知識もある。ヒト属のみなさん、あなたの飼い犬はあなたが思う以上に人間の言葉を理解しているのですよ。
――閑話休題。
しかしいったいどこのどんな暇人が、わざわざこのオホーツク鉄道に嫌がらせなどしているのだろうか。
オホーツク鉄道の営業を妨害したところで、得をする人間など誰もいないと断言できる。嫌がらせの結果廃線となったとしても、中高生とその親と免許返納組の方々が多少不便を感じるくらいで、代わりに利用されるバス会社の財政もそれほど潤わないだろう。何せオホーツク鉄道の利用客自体がそれほどいないのだから。
俺の疑問は間もなく氷解することとなる。置石事件のわずか数日後、俺のいる中湧別駅に犯人が自ら歩いてやってきたからだ。
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