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 わいわいがやがや。喧々諤々。あるいは、人ごみの熱気とか。  それは本来、中湧別駅には縁のないものである。朝晩の通学ラッシュの時だけ多少はにぎやかになるが、それはパワー溢れた中高生が一人で三人分騒ぐからであって、本当の意味の人ごみではない。  だからこの日、通学ラッシュの始まる前の駅前広場が急に騒がしくなった時、俺はたいそう不思議に思って目を開けた。まだ始発列車さえ来ていない、早朝の中湧別駅前広場に人ごみだと?駅前広場に隕石でも落ちたのか。  俺が目を開けて身震いしていると、俺の(公称)飼い主のおばちゃんが駅に駆け込んできた。 「シロ、シロ、あんた佐々木さんとこのお孫さん知らない?」  いや、あんたさあ……と飼い主のおばちゃんに心中で突っ込みを入れる。今ここで俺が「ああ、あの子なら駅前広場の道を左に折れて国道の方に歩いていったよ」と答えても、あんたには通じないでしょうが。それでいて何故俺に聞く。そのような問いかけを人間界では不毛と(何でここで毛が出てくるんだろう?)呼ぶのではないのか。  もっとも今回は口で説明する必要がないので、俺は毛足の長い元・高級毛布を鼻でどかした。 「シロ!」  飼い主のおばちゃんが金切り声を上げたので、駅前広場から町民やら駐在やら消防団やらがぞろぞろと駆け込んで来きた。この町には、実はこんなにも大勢の人間が暮らしているのか。ならば何故、鉄道はいつも空気輸送なのだろうか。俺の思考まで不毛なループに入りそうになった時、俺の寝床ですやすやと寝息をたてていた幼子が目を開けて、不思議そうに俺を見た。  佐々木さんのお孫さん失踪騒動は、事件など起こるはずもない田舎町のちょっとした事件だった。  もっともわざわざ決め台詞をはいて謎をすべて解く必要もない。佐々木さんご夫妻(幼子の祖父母)が灯りを消して眠りについた後に幼子が家を抜け出し、己の足でてくてく歩いて駅にまでやってきただけのことだ。駅に至るまでに車に轢かれなかったのが奇跡のようなものだが、駅にやってきた後で事故が起こらなかったのは俺のお手柄である。駅長犬が迷い子を保護した――と表彰状とドックフードをもらってもいいと思うのだが、そんなことにはならなかった。  相変わらず、町民のおばあちゃま方の噂話はかしましいしい。俺は寝床の毛布の上で片耳を上げ、彼女たちの話を聞いている。次の遠軽行普通列車がやってくるまでまだ時間は二十分近くある。あなた達、集まるのが早すぎやしませんか。どうやら彼女達にとって、列車を待つ時間は貴重なおしゃべりタイムと化しているらしい。 「本当はね、佐々木さんのお嫁さん、子ども生まれたら仕事辞めたかったらしいのよ。それを佐々木さんが、仕事辞めるくらいなら自分が面倒みるっていって、強引に中湧別に連れてきたんだってさ」 「そういや、佐々木さんとこのご主人は若い頃から仕事の続かない人だったもんね。佐々木さん、自分が子どもが赤ん坊の時から預けて働いてたもんだから、許せなかったんじゃないの」 「今回のことで息子さんが怒っちゃって。こんな危ないことになるなら任せられない、この子は俺達で育てるって言って札幌に連れて帰ったんだって」 「まあ、結局良かったんじゃないの。この歳で今更もう一回子育てしろって言われたってねえ」  かしましさ満点の噂話を聞きながら、あの晩、一心不乱に線路を見つめていた子どもの強い眼差しを思った。  あの幼子は知っていたのか。あの鉄路の続く先を。大人は絶対に信じやしないだろうが、犬にも幼子にも己の意志というものがある。あの子どもの帰りたい場所はこの町ではなかった。父と母がいる線路の向こうを切実に追い求めていた。  鼻先を元・高級毛布の中に埋める。つい先日は真冬のように寒かったのに、今日は陽が照っていて、小さな駅の床までぬくぬくと暖かい。  秋眠暁を覚えず。……あれ、春眠だったけっか?どうでもいい物思いと眠りの波に呑まれながら、俺は久しぶりに一夜を共にした人間の子どもの温もりを思い出していた。
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