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その晩、時雨が寝台で眠りに落ち、理世が其れを見守って居ると腹の底を振動させる爆音が響き渡った。
瓦落瓦落と壁が、天井が崩れ落ちる。
離れた場所から機銃の音がする。
遅れて、空襲の警報音が鳴り出した。
「理世!!」
時雨は驚き、寝台から立ち上がった。
そしてふと気付いた。
今ならば理世と共に逃げる事が出来るのではないか。
このどさくさに紛れれば姿を消す事が出来るのではないだろうか。
「逃げよう、此処から。二人で何処かに身を隠すのだ」
彼女は頸を横に振り、静かに微笑んだ。
「グレ、一人で逃げなさい。奴等の狙いは私かも知れぬ。私が消えれば追手が掛かる」
世界で唯一捕獲された吸血鬼、リーゼロッテ。
この戦時下では情報が何処からか漏れていても不思議ではないが……
「其れは解らぬではないか、只の空襲かも知れぬ! 己れと共に逃げよう、逃げて共に生きよう!!」
差し伸べられた手は彼女の瞳にとても眩しく見えた。
可愛い子供の様に思っていた彼が、共に生きようと云ってくれている。
嗚呼、此の手は何時の間に大きく成ったのだろう?
時雨の手が、彼女の手首を掴んだ。
吸血鬼の彼女が振り解けぬ事など有りはしないが、振り解きたいと思えなかった。
研究施設では逃げられぬ様、銀の鎖を掛けられた。
吸血鬼は銀製品に触れると火傷をするし、仲々治らぬ。
何処まで耐えられるか、日光に炙られた事も有る。
傷の治りを診る為に幾度も切り付けられ、毒を含まされる事も屢々。
逃げたいと思わぬ訳が無いが、此処から逃げても右も左も分からぬのに、如何にして陽を避ければ良いかも思い付かぬ。
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