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 PUが戦闘用として諸外国から絶大な人気を誇っている理由は、ずばり運用の簡便さにある。比較的小型なのでトラックへの積み込みが容易で、それもフォークリフトが1台あれば十分だ。充電装置がパレットを兼ねているという設計はまったく天才的というほかない。  問題は実際にこいつを使う場所に積み下ろし用のフォークリフトのあることがまず望めないという点だが、そもそもお上品に粛々と機械荷役をする必要はない。PUを起動してしまえば自力で動かせるのだから。  現地へ着いたと同時に3人ともキャビンから弾丸みたいに飛び出して、まずはあたりの安全性を確保する。敵の待ち伏せはない。いっぽう〈アルカトラズ〉の正門は開きっぱなしになっている。侵入されたのは確実と見てよいだろう。  PUに滑り込み、パルス増幅モード起動。暖機運転なしでほとんど即座に稼働するのはバッテリー駆動の恩恵だ。荷台から飛び降りて降着、ドスドスとやかましい足音を立てながら管理小屋をのぞいてみた。誰もいない。和泉氏は鎮圧に出払っているようだ。 「隊長、火器はどうします」会話はもっぱら内蔵型通信装置に依っている。フルフェイスのヴァイザつきヘルメットをかぶっているので、肉声はくぐもった呪いの言葉みたいになってしまうのだ。「一応荷台に積んできましたが」 「持ってこう。備えあれば憂いなしだ」  火器とは対PU用ライフル〈あたるんです〉のことだ。技術的な詳細は割愛させてもらうが、神経パルスの増幅経路を脳の一次視覚野と接続することにより、視線と照準を同調させられるすぐれものである。  崩していえば要するに、見たものを銃のほうで勝手にロックオンしてくれる。むろんライフル協会やらクレー射撃畑やらからの評判はすこぶる悪い。いわく、「なんでもかんでも自動化したがる昨今の風潮が、人間の視差や立体視に悪影響をおよぼすのは明白である」。残念ながら彼らの批判を裏づける研究結果はいまのところ、ない。今後もおそらく出てこないだろう。  森下さんを先頭に、開きっぱなしの正門から突撃する。このありがたい扉が破壊されたことを和泉氏は知っているのだろうか? 例のバカに長い呪文を唱えなくてよくなるから、泣いて喜んでいるにちがいない。 「静かですね」ドンパチの音も悲鳴も聞こえてこない。「いたずら通報だったんじゃ……?」 「あの若造の焦り具合は真に迫ってたぜ。警察嫌いのひねくれた市井のやつらならともかく、苦労を知ってるはずの同業者がそんなまねをするとは思えん」 「あ、誰か倒れてますよ」言うが早いか根岸機がドスドス歩いていって、屈んだ。 「どうしたんだ」根岸は答えなかった。「おい、いったいなにが――」  血だまりのなかに横たわっているのは年端もいかない子どもだった。推定9歳前後、小学校中学年といったところか。 「お前らばっかり盛り上がってないであたしも混ぜろよ」森下さんの軽口は尻すぼみになった。  呪縛から最初に逃れたのは根岸だった。「救急隊を呼ばなきゃ」  ぴくりとも動かない目の前の哀れなガキが生きているとは思えないが、とにかくそうするよりあるまい。ヴァイザは携帯端末が一体化したすぐれものなので、わざわざ脱着の面倒なヘルメットを取っ払って119番にかける必要はない。 「あたしらにできることはなにもない」厳かに森下さんが宣言した。「とにかく誤報でもいたずらでもないのは確実視していいだろう。先を急ごう」  腰だめに対PU用ライフルこと〈あたるんです〉を構えながら、慎重に巡回を続ける。 「あの子の傷は貫通銃創でした」根岸がささやくように、「やつら火器を持ってますよ」 「で、そいつで撃ったってのか。鹿か猪みたいに!」 「隊長落ち着いて。だいぶ薄暗くなってきましたが遠距離からの狙撃も考えられます。住居を盾にして進みましょう」 「わかってるよ」  いけどもいけども敵の姿は見られない。住民はみんな家に引っ込んでおり、通りは人っ子一人、猫の子一匹いない。ときたま逃げ遅れたらしい住民がくたばっていたり瀕死のまま倒れていたりする以外には。 「到着が少しばかり遅かったようです」わざと軽口を叩いた。「カーニバルに参加し損ねたっぽいね」 「でも正門はあそこひとつなわけでしょ。ぐるりと周って逃げる計画なら、どこかの時点で必ず鉢合わせてるはずですよ」 「とにかく進むしかないな」森下さんは肩をすくめるようなしぐさをやった。「待ってろよ、やつら絶対に許さん」  ざくざく進撃していると、ついにドンパチの音が聞こえてきた。入り口からするともっとも遠い、ちょうど反対側付近だ。ためしに警察用PUの標準帯域幅に合わせてみた。「和泉くん? こちら日下部」 「きてくれたんですか!」どうやら生きてたらしい。「やつら壁をぶち破って逃げようとしてます。もう何機かは穴からずらかっちまったし、味方でまともに動けるのはもうぼくだけです。とにかく手を貸してください」  座標を聞いて簡易ナビゲーションシステムに音声入力。オートモードにして、機械にしばしのあいだ、歩行の主導権を渡した(東京にPUの展示やら実機による起動体験やらのできる施設があるのでぜひ、そこでこのオートモードというやつを体験してみてほしい。おそろしく気色の悪い思い出になるだろう)。 「いたぞ、2人ともマニュアル操作に切り替えろ!」  言われるまでもない。すばやくオートモードを解除し、〈あたるんです〉を構える。いたいた。四つん這いでようやく通り抜けられるくらいのみみっちい穴が空いており、そこから脱出を図ろうとしている2機と、和泉機らしき1機が西部劇よろしく銃撃戦をくり広げているではないか。その周りには敵とも味方ともつかぬ擱座したPUがごろりと横たわっている。  ああも穴が小さいとどうしてもいったん無防備な四つん這いにならざるをえない。そこを尻の穴めがけてどすんと撃たれてはかなわないということで、この2機はぐずついてるのだろう。 「やっちまえ!」  命令一下、増援の到着でうろたえている敵機に銃弾の雨が降り注いだ。ちくしょう、まるでこたえちゃいない。正面装甲を充実させたロシアのライセンス製品のようだ。この型式の弱点は背部の軽視にある。そちら側はむき出しのバッテリーやら配線やらのごった煮になっており、豆鉄砲一発でお釈迦になるという欠陥設計だったはずだ。敵前逃亡を間接的に防止するのが目的だそうだが、どうしたって逃げなきゃならないケースもあるだろう、たとえばいまみたいに。 「根岸!」つい怒鳴ってしまう。 「鼓膜破るつもりですか、聞こえてますよ。なんです」 「ぼくと先輩がおとりになる。側面に回り込んで仕留めろ」 「よしきた」  ヒーローを夢見る青年の心を甘く見ちゃいけない。こういう一挙手一投足がよいほうにも悪いほうにも転ぶ修羅場で、思い切りのよいやつは本当に重宝する。  残ったわれわれは陽動作戦に徹する。撃っては隠れ、撃っては隠れ。警察仕様のPUにも多少の装甲はあるが、向こうのと比べれば紙とコンクリートブロックほどの差がある。過信は禁物だ。  幸いこのあたりは住居が密集しており、血眼になって逃げる隙を見つけようとしているやつらにこちらの動きを把握しきる余裕はないはずだ。根岸は気づかれないよう一歩一歩確実に側面へと忍び込んでいる。 「スタンバイOK。火線を集中させてください、敵さんが横を向いた瞬間、俺の〈あたるんです〉が火を噴きます」 「よし、頼むぞ――隊長、和泉くん、聞いての通りだ」  われわれは残弾を気にせず撃ちまくった。向こうも躍起になって撃ち返してくる。「いまだ、仕留めろ!」  なにも起こらなかった。「おいどうした根岸。気づかれちまうぞ」 「た、弾が切れてます」血の気の引いていく音さえ聞きわけられそうだ。「調子に乗って撃ちすぎたのかな」  ええいくそ! 適切な罵り言葉が思いつかない。いや、あった。「」 「そっちにはまだ残弾がありますね」悟りきったような口調だ。「俺が今度は連中を引きつけます。あとは頼みましたよ」 「引きつけるってどうやって――」  根岸機が住居の影から躍り出た。「やいきさまら!」広域スピーカーモードだ。半径1光年にわたって聞こえそうなほどの大音声。「根岸さまがお相手してやる。覚悟しろよ」  言うが早いか、愚直にタックルしていくではないか。突如として想定外の場所から別働隊が躍り出てきた際に、面食らわずに両方を均等に相手取ることは歴戦の下士官でもない限り、まず不可能といってよい。連中もつい反射的に、根岸のほうを向いて射撃をおっぱじめた。  ここでようやく部下の意図を察した。「2人とも、やつが作ってくれたチャンスを逃す手はないですよ!」  われわれが渾身の一撃を放ったのと、根岸機が倒れたのはほぼ同時だった。敵の2機は大きくよろめいて片膝をついている。銃を捨てて接近し、PUの質量を利用したクォーターバックも真っ青のボンバータックルをかましてやった。ダウンを奪った。起き上がろうと必死に地面をのたうち回っている。 「クズ野郎め」真上から追い打ち。敵の身体ごと貫くがごとき一撃だった。こっちはおとなしくなった。  もう1機も料理せねばなるまいと気づいて振り向くと、まったく同じとどめの刺しかたで森下さんが始末してくれたあとだった。「やっぱり最後はスデゴロだな、日下部」  ライフルのような点に絞った攻撃とはちがい、体重の乗ったパンチは広範囲に衝撃を与える。中身は肋骨を何本ももっていかれたことだろう。 「そうだ、根岸は!」  駆け寄ると、すでに和泉氏が介抱してくれていた。「装甲の隙間から射抜かれてます。致命傷じゃないことを祈りましょう」 「ありがとう和泉くん」ヘルメットを脱がせてやった。「おい、生きてるか」  熟す前の梅みたいに真っ青だった。くちびるは紫色に変色しており、ホラー映画のメイクでも施したかのようだ。「へへ、どうですかっこよかったでしょうが」 「ああ、飛び切りな」 「てめえのケツはてめえで持つ。それが男ってもんなんですよ」 「救急隊はなにをもたもたやってんだ」と先輩。 「内部の安全性は確保されたのかと問い合わせてきてます」言うが早いか、和泉氏はてきぱきと負傷者の座標を口述し始めた。「あとは待つだけです」 「ねえ日下部さん、俺はヒーローになった。そうですね」 「まだだ。逃げちまったやつらがいるんだろう。――そうだな和泉くん」 「ネズミみたいにそこの穴からとんずらしましたよ、6機ばかりね」 「聞いての通りだ。そいつらもみんな捕まえてようやく、お前は本物のヒーローになれる。ここで死んだら半端者のままだぞ。そんなんでいいのか」 「俺にはそれくらいがお似合いですよ」 「バカ野郎、誰がくたばっていいなんて言ったよ」森下さんに涙腺があるのをこのとき、初めて知った。「もう少しの辛抱だから。おい根岸!」  やつは目を閉じた。それっきり減らず口は叩かなかった。
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