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第一部 2070年 侵入を許した要塞 1-1
「〈カスタム〉の子どもたちが狙われてる?」抑えようと努力はしたが、皮肉っぽい調子は拭いきれなかった。「そいつは一大事ですね」
「笑いごとじゃないぞ日下部。お前〈遺伝子泥棒〉を知らんのか」
「人さまの陰毛を掠め取る変態的な犯罪が起きてるらしいじゃないですか」
保安部門長の森下さんは電話口でいまいましげにうなった。「他人事のつもりらしいが、お前だっていつすっぱ抜かれるかわかったもんじゃないんだぞ。おちおちすね毛のお手入れもできやせん」
「先輩がそんなまねをしてるとは思えませんが」
「あ、この野郎! あたしだって一応女なんだぞ」声のトーンが低くなった。「まあ冬は手入れもつい忘れがちになるのは否定しないけれども」
わたしたちは電話口で爆笑した。
「とにかく、いまやお前ら〈カスタム〉の遺伝子が不正利用されようとしてるわけだ。どうだ、おっかないだろうが」
「ちっとも。どうせぼくは黎明期の試作品ですからね。連中がどうやって人さまの細胞片を失敬するのか知りませんが、ぼくのを掴まされないよう祈ってやってください」
「そう卑屈になるなよ。確かにお前もあたしも遺伝子的な価値で言えば路傍の石ころみたいなもんだ。早く生まれたやつらが漏れなく生ごみ認定されちまう世の中ってのは、必ずしも住みよいとは言えないかもね」
だんだん焦れてきた。「遺伝的弱者同士で浮世批判をしたいがために電話してきたわけじゃないでしょう。子どもがどうとか言ってたと思いますがね」
「そうだった。とにかくあたしは無価値の〈プレーン〉だし、お前の付加遺伝子は統一規格から外れた益体もないしろもの。ここまではいいか?」
「なんでいまさら小学生向けの講義を始めるんです」
「問題はその小学生たちさ。日進月歩で新商品がリリースされる当節、M型染色体にパッケージされてる最新作を盗むなら、どの世代を狙うのがいいと思う?」
思わず電話口でぽんと手のひらを叩いた。「なるほど。そりゃガキどもってことになりますね」
「そういうわけ。世相に疎いおまえでも知ってると思うけど、相次ぐ付加遺伝子の不正流出がバカにできない被害額になってきたらしいぜ」彼女は電話口でため息をついた。「あたしらがやるべき仕事はひとつ。『子どもたちを守れ』。以上」
電話が切れた。子どもたちを守れ。まことにけっこう。
で、どうやってそいつを達成すればいいんだ? すでに彼らは鉄壁の要塞に隔離されているというのに。
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