第二部 輸出を食い止めろ 2-1

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第二部 輸出を食い止めろ 2-1

「〈アルカトラズ〉が襲われてる?」意図せず素っ頓狂な声を上げてしまった。「いったいなんの冗談なんですか。できれば笑いどころも教えてほしいですね」 「いいからすぐに支度しろ」 「姉さん、俺もそうしたいのは山々ですけどね」根岸もわたしと同じく、これを事前通告なしの訓練かなにかだと思っているらしい。「時間がよくない。定時を30分もすぎてますぜ。残業代はちゃんと出るんでしょうね」  根岸がおどけてみせたその瞬間、森下さんが拳をデスクに叩きつけた。「これ以上減らず口を叩いてみろ、生まれてきたことを後悔させてやるぞ」  われわれは2インチも飛び上がったあと、ゆっくりと顔を見合わせた。瞬時に2人のあいだでアイコンタクトが交わされる。「アイアイサー、森下保安部門長」 「とにかく出撃するぞ。移動中にわかってる範囲で話してやる」先輩は軽やかな身のこなしでフロアを駆けていき、くるりと振り向きしなに発破をかけてきた。「そら急げ!」 「あ、でもPUの使用許可は取らなくていいんですかね。なんなら俺が――」 「根岸、そのへんにしとけ」あごをしゃくって先輩のご面相を見るよう促してやる。「な?」  やつはぶるりと身体を震わせ、駆け出した。「ひええ、くわばらくわばら」      *     *     *  自社保有の4トントラックに大急ぎで例のブツの積み込みを終え、液体みたいにするりとトラックへ滑り込んだ(PUはパレット型の充電装置に接続されているため、汎用タイプのフォークリフトで機械輸送できる。現状の物流に配慮した見事な設計であろう)。  わたしが運転席、女傑が助手席、真ん中に根岸という構図である。以上のことからもわかる通り、当節の警察はフォークリフト免許と中型トラック免許を持っていないと務まらないのだ。ちなみに根岸は両方とも未取得なので、今回もわたしがそれらの運転をする破目になった。彼には取得の意思こそあるものの、当面のところは忙しすぎて自動車学校に通っている暇はない由……。 「もう一度聞きますけど、こいつは訓練じゃないんですね?」 「さっき根岸が言った通り、もしそうだったら真昼間にやってるさ。吝嗇家の鑑みたいなうちの経理が、むざむざ不採算部門へ残業代を支払う口実を作ると思うか?」  ものすごい説得力だ。「いや、思いませんね」 「いきなり総務から電話が回されてきたんだ。〈アルカトラズ〉の警備員、ほらなんて名前だっけあの若造。漢字は覚えてるんだけどな、噴水がどうとかいう」 「和泉氏ですかね」わたしは助け舟を出した。 「そいつだ。あのもやし野郎から至急応援をよこしてくれ、PU部隊に襲われてるって早口でまくしたてられた」 「どうも話が見えてきませんな。そいつらは正面突破を仕掛けてきたってわけですか?」  赤信号になったがサイレンを鳴らしつつ、かまわず交差点に進入する。根岸はマイクで一般車両を蹴散らしてくれている。 「いくらPUでもあの外壁をぶち破るのは骨ですぜ」 「あたしもそう思う」 「そもそもそのPU部隊ってのはいったいなんなんです。テロリスト集団がビザの発給を受けて、例の機械を税関に咎められることなく輸入通関したとでも?」 「詳しいことはさっぱりわからん。いま和泉たちも埃をかぶってたPUを起動して応戦しようとしてるらしいが、なにぶん何世紀も前に受けた訓練以来のことだってんで手こずってるみたいだ」  その点われわれは幸か不幸か、近々にこいつを着込んで派手な示威行動をやったばかりときている。ヒーロー気取りの根岸さまさまだ。 「ね、だから俺の言った通りでしょうが。有事に備えていつでも訓練は怠るべきじゃない」 「わかったわかった」苦笑しながらハンドルを慎重に切る。「向こうの武装に火器はあるんですかね。堂々と正面に横づけしたところをバズーカかなにかで吹っ飛ばされたんじゃ、死んでも死にきれませんよ」 「推測であれこれ論じてても始まらん。現場へいってみて決めるしかあるまい」  しばらく沈黙が続いた。トラックの発するけたたましいサイレンの音だけが、不気味に薄暮の街にこだましている。 「やっぱりどう考えてもおかしい」わたしは食い下がった。「テロリストにしろ内憂にしろ、PUをいち個人が自由に使えるとは思えないんですがね」  表向き災害援助機械という名目ではあるものの、運用のしかたによっては火器のオプションがなくても立派な戦闘用兵器になりうる。とくに格闘技経験者が悪意を持って乗り回したときの破壊的効果は驚異の一言に尽きる。  余談になるがそうした経緯から、われわれは警察学校にぶち込まれた際にボクシングのまねごとを叩き込まれる。それがひいきされている理由は次の通りだ。PUは可能な限り軽量化されてはいるものの、片足を上げるといった不安定な姿勢はやはり危険である。一度転倒したが最後、甲羅の高い亀みたいにもんどりうつことになり、自力で直立姿勢に復帰するのは難しい。そうした事情から蹴りはご法度にされ、あとは消去法でパンチに特化したボクシングが残ったという寸法。  むろん拳闘に明るくなければPUを使えないわけじゃない。単にそれが最適のマッチングだという話であって、生まれてこのかたバンテージも巻いたことのないド素人だって機械の鎧を着込み、近未来SFの世界に飛び込むことは可能である。  神経パルスの増幅率を最大にまでいじれば(通常それはセーフティ機構でロックされているが)、殴りかたも知らないもやしのオカマパンチでも十分な威力を発揮する。ここまで説明すれば容易に想像できると思うが、こんなパワードスーツを野放しにするほど日本政府は落ちぶれちゃいない。所有は銃刀法で厳格に規制されており、いち個人がガレージに実物大プラモデルみたく飾っておくのは事実上、ほぼ不可能なのだ。  むろん輸入となればさらに規制は厳しくなる。反社会的影響を与えるおそれのある物品を取り締まるもっとも効果的な方法は、水際での阻止だと相場が決まっている。海洋国家である日本の港は物流のボトルネックであり、すべての貨物がいったんここに集約される。  さらに外航船の入ってくる開港の数は限られており、主要港ともなれば片手を少しばかりオーバーする程度にまで減少する。税関はそこにどっしり居座って、毎日何万件と申告されてくる輸入品に目を光らせていればよいというわけだ(むろん実際には機械が審査の九分九厘を代行している)。  海外製のPUが厳しく取り締まられているのにはべつの理由もある。入ってくるPUにはライセンス生産品がしばしば混じっている(当然無許可の模造品もある。国際的な軋轢に配慮し、どこの国がやってると明言はしないが)。それらのなかには火器発射機構を増設したもの、日本でのパルス増幅率基準を大幅に逸脱したイレギュラー調整品(いわゆるリミッター解除品)、チタン合金に覆われた重装甲タイプなどなど、社会不安を惹起せしめるおそれのあるしろもののごった煮なのだ。  当然こんなものを国内に入れられるはずはなく、国際的な武器の移動を規制するワッセナー・アレジメントによって輸入禁止となっている。  要するにPU部隊の襲撃を〈アルカトラズ〉が受けるなんてことは、たったいま第三次世界大戦がおっぱじまるくらいありそうもない騒ぎなのだ。 「誤報の可能性もあるさ」上司は台詞とは裏腹に、その可能性はないと言いたげだ。 「作戦を練っとかないと!」根岸がでしゃばった。「ブリーフィングってやつです。さあ姉さん、びしっとかっこよくやってくださいよ」 「あー、おほん」女傑もまんざらじゃなさそうだ。「われわれはこれより〈アルカトラズ〉にて殲滅作戦を実施する。敵勢力は不明、PUの型式も不明、おまけに目的も不明だ。住民の被害状況が気になるが、これはもう祈るしかないね」  わたしたちは両手を組み合わせてから目を閉じ、十字を切った。「アーメン」 「しつこいようですけど、こういう場合のPU使用許可はどうなるんですかね」  先輩はにやりと笑った。「遡及発行システムというのがある」  ちょっとだけ興味が湧いた。「聞きましょうか」 「緊急時には保安部門長の独断でPUを動員してもいいことになってる。ことがすんだら顛末書を添えて許可申請を出せば、それで万事解決」 「なんだ、じゃあこないだも緊急事態だとかいって騒げば、あんな面倒なまねをしなくてもよかったんですね」  森下さんは額に手を当ててうつむいた。「いらんことを教えちまった……」 「お2人さん、あと2、3分ほどで〈アルカトラズ〉ですよ。出撃準備を!」
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