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ある日、仕事場のインターホンが鳴った。アシスタントが応対しに玄関へ向かった。「え、ちょっと! 何なんですか!?」というアシスタントのうろたえる声が仕事部屋まで聞こえてきた。
「どうした?」
白井が玄関まで様子を見に行くと、訪問者はスーツを着た強面の男だった。
「白井裕さんですね?」
「はい、そうですが……。どちら様でしょうか?」
スーツ姿の男は内ポケットからあるものを取り出した。
「すみません。一緒に来ていただけますか?」
取り出されたのは警察手帳だった。
「な、なぜですか? 身に覚えがないんですけど」
「白井さん、漫画家なんですよね? 」
「えぇ、まぁ」
「その漫画に描かれているんですよ。犯人しか知らない未解決の一家強盗撲殺事件の情報がね。とりあえず、署まで来ていただきます。いいですよね?」
白井は言われるがまま警察官に連れていかれた。締め切りのことは頭に浮かばなかった。ただただ、記憶屋で買ったあの記憶が何度もフラッシュバックしていた。
白井は取調室に通された。事件について色々と聞かれた。記憶屋について話したところで信じてもらえるはずもないので、始めは事件の情報は偶然合致しただけだと証言した。しかし、「偶然」という言葉で納得はしてもらえなかった。警察は実際に白井が起こした事件を漫画にしていると思っているようだった。白井は買った記憶をほぼそのまま漫画にしてしまったことを後悔したが、後の祭りだった。
取り調べは何度も行われた。取り調べでは怒号が発せられることが増え、時間も長時間になった。仕事にも影響がでるようになった。取り調べで遅れた時間は睡眠時間を削って取り戻さなければならなくなった。間に合わず、休載することも増えた。クオリティが落ち、休載が増えたことで人気もどんどん下がっていく。編集部からも白い目で見られるようになっていった。
白井はみるみる追い込まれていった。追い込まれ、ついに記憶屋のことを明かし、全てを洗いざらい話した。しかし、「ふざけるな」と一蹴された。記憶屋の場所も伝えた。しかし、その場所は廃ビルで記憶屋なんて店は入っていないし、入っていたこともないと言われた。
白井は分からなくなった。記憶屋で記憶を買った。記憶屋で記憶を買わないと殺人犯の記憶を知ることはない。けど、その記憶屋なんて存在しないと言われる。記憶屋で記憶を買ったという記憶は本当の記憶なのか? これも買った記憶なのではないか? いや、買ったということは記憶屋があるということで……。
「私がやった……のかもしれません」
白井は自分の記憶を信じられなくなった。
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