【焼肉編】

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【焼肉編】

「社会人の先輩としては普段お世話してもらっている後輩に焼肉を奢るイベントは必須ですよね!」  それは彼女の一言から始まった悪夢だった。  彼女は冴島里依さん。僕の部屋の隣に住んでいて、たまに遊びに来る社会人の先輩(自称)だ。僕が週末に料理を教えている人でもある。ちなみに今日はお好み焼きに挑戦している。  世間は6月末。初めてのボーナスが入るという里依さんは僕たち大学生3人組の前でワクワクしてしょうがないといった様子だった。 「うーん、ここでお世話してもらってるって堂々と言い切っちゃうのが里依さんクオリティだよね」  これは僕の友人の後藤嶋真のひと言である。一見、年上の女性に対して大変失礼なもの言いに聞こえるかもしれないが、相手が里依さんなのでしょうがない。 「あたし、今撮影前だから焼肉は無理。他のものならーー」 「他、ですか......」  地元雑誌の読モをやっている神倉栞菜は撮影前はなにかと気を使っているらしい。真は神倉にそっと囁く。 「栞菜、これ里依さんが焼肉食べたいやつだよ」 「先輩風を吹かせつつ自分の欲望を満たしていくスタイルってやつね。まぁ、食べたいもの食べるのが一番なのはわかる」 「でも俺も展示会前で忙しいしなー。そうだ」  真は名案を思いついたという風に僕の方を向いた。僕は正直とろみのついたお好み焼き粉を混ぜるのに忙しい。 「光高、代表して行っておいでよ」 「え?」  代表する意味がわからない。温まったホットプレートにお好み焼きのタネを垂らして蓋をしながら話半分で聞く。 「いつも俺達に美味しいご飯つくってくれるし、たまには外のご飯も食べてきなよ。新しい発見もあるかもだし、さ」 「冴島さんと2人で焼肉」 「緒方さんが来てくれるんですね! ふふ、お店予約しておきますから大船に乗ったつもりで楽しみにしていてください!」 (泥舟だ。正直、嫌な予感しかしない)  しかし、僕はこの不安を里依さんに伝えることはやめておいた。失敗の多い里依さんが折角頑張ろうとしているのだ。水をさすことはしないでおこう。 「冴島さん、そういえばさっきあけた紅生姜どこにやってたっけ?」 「えっと、今ここに......きゃっ!」  里依さんが盛大にホットプレートのコードで転んで僕のエプロンに紅生姜をぶちまけた。 「おっ、殺人現場みたいになってる」 「......。」 「それ汚れ落ちないんじゃない?」  神倉が余計な一言を言う。里依さんは本当にドジなタイプの失敗が多い。今日は今までうまくいっていただけに凹み方も尋常ではない。 「あ、あの、すみません......」 「良いよ、洗うし。それで焼肉がなんだって?」
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