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 失笑やざわめきが聞こえる。助けを乞うように課長へ視線を向けると、険しい顔で俺の足元を指さしている。危うく踏みつけてしまいそうな位置で、ボタンは出番を待っていた。  ボタンを拾い上げ深呼吸をする。よし、昨日までに暗記した古今東西の漫才を参照した台本。それを披露だ。 「えっと……えー……」  なのに、おしろいを塗られた頭からは、一言もセリフが出てこない。  無言は一番ダメだ……場を繋ぐ言葉を捻り出すため思案するも、浮かぶのは、あの日の明日香の顔と声。  豆乳ではなく、普通のココアにすればよかった……ぬいぐるみではなく手袋を用意すれば……忙しい明日香にもっと気を遣うべきだった……。  今、考えるべきではないことが頭を駆け巡る。  ……やはり俺には無理だ。プレゼンも明日香に好かれるのも。  手のひらから、ボタンがこぼれ落ちる。後を追うかのように、一筋の雫が雨のように付着した。
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