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その時。
「こらー! しっかりやりなさーい!」
会場を切り裂く声が聴こえた。二度と聞けないと思っていた、あの声が。
明日香……明日香だ。舞台からは見えないが、確かに明日香がいる。この空間に、怯える俺の心のそばに。
「あたしが好きになった男なんだから、もっと堂々としなさいよ」
マイクを借りた俺を上回る大きな声が、会場の空気を引き締めた。反対に、俺の心は弛緩した。
さっきの雫が、滝みたいに流れ出した。カサブタまみれの心に、沁みる。
しっかりしなきゃダメだろ俺……とめどなく流れ出る涙を拭い、ボタンを拾い上げ、力強く押す。
『上へ参ります。これぞまさに有頂天』
エレベーターが喋った。
「えー、こんな感じに、エレベーターがお客さんに毒を吐くんです。例えば……明日香! 俺がお前にキスしようとして断られた回数、何回だっけ?」
『100回でございます』
会場から笑いが起きた。
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