2章  ダブルス

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2章  ダブルス

「 先生、相談があります。」   秋の気配がする頃、一人の女子生徒が 困った顔で岡田の所にきた。男子体育を担当しているの岡田に、なぜ女子が相談にくるのか始めは合点がいかなかったが、  「テニスのダブルスの相手のことです。」  と言ったので、3年生で男女混合ダブルスの授業を持ってることを思いだした。 「うん、どうした。」 「前田という人とダブルスを組んでるんですが、男子の打つボールを返してくれないんです。」  すぐに理解出来ないでいると、 「女子は女子が打ったボールを返して、男子は男子が打ったボールを返しますよね。」  分かってほしいと言わんばかりに説明をはじめた。 「うん。」 「あの人は、女子の打ったボールを返して、私に男子が打ったボールを打てと言うんです。私はテニス経験者でもないので男子のボールは返せません。」  必死に現状を訴える姿から、相当困っていることは伝わってきた。3年生の体育の授業は、受験生ということもあり、思い出づくりの男女混合テニスをさせている。和気あいあいと男女が楽しむ授業のはずである。なぜ前田という男子生徒は、男子のボールを、この太田という女子に返させているのか。太田とダブルスを組む前田伸二を職員室に呼びだした。  前田は、ごく普通の高校生といった感じの生徒だった。なぜ、女子の太田に男子のボールを打たせるのか。前田の主張は、こうだった。自分はバレー部であるため、テニスは苦手で、経験者の太田に打たせていると言う。さも当然かのようである。太田と同じ中学なので、テニス経験者であると知っているらしい。しかし、経験者と言っても、太田は女子だ。男子と同程度にテニスが上手いのか。体育の授業を見てみることにした。太田本人は経験者では無いと言っていたな。  秋の風を感じる午後、テニスボールの音が響く。問題なくダブルスの試合が行われている一角で、異様な空間があった。太田が目の色かえてボールに飛びついている。しかしボールに追い付けず、何度も息を切らす。ダブルスを組む前田はまるで他人事のような目で、それを見ている。  対戦相手の女子が、太田に向かってサーブする。太田もそれに応じようと構えていると、前田がそれを阻止するかのように打ち返した。一瞬、時が止まったかのように間が空き、観戦している生徒達から失笑が漏れる。その後も、同じように試合が続き、前田が男子のボールを返すことはなかった。岡田には、太田がテニス経験者とは思えなかった。素人のレベルだ。放課後、岡田は二人を職員室に呼び出した。  二人が横並びになると、気まずい感じを醸し出していた。岡田が太田に尋ねる。  「前田が、太田のこと、テニス経験者だっていってるけど。どうなの。」 「違います!」  とんでもないと言いたげだ。すると、前田が答えた。  「僕は見ました太田さんが、中学でテニスしているところを。僕は一度もテニスやったことないです。」  「それは授業で一度だけやった時です。私はずっと帰宅部でした。」  イライラした顔で太田が返事する。  「でも、僕よりテニスは上手い。それにこの人は、水泳は男より早いんです。」  「それは水泳は経験者だからです。それを言ったら、あなた部活でバレーボールやってるよね。」  男より水泳が早い?岡田はすぐには理解出来なかった。筋肉や身長は男が高いはずだ。  「え?男より早いの、なんで?」  太田がめんどくさいと言わんばかりに答える。 「経験者なんで。」  それ以上の説明はしないようである。二人は今した話を堂々巡りのように言い合っていた。とりあえず、前田の意見をもっと聞いてみることにしよう。岡田は太田を帰らせた。  前田によると、太田は中学ではとても傲慢な生徒で、話しかけても常に男を無視していたらしい。その反動か、高校では、他の女子と交際中の男子生徒に色目を使って嫌われていると話した。髪を一つに結んだ地味な見た目から想像がつかないが、太田は男子に積極的らしい。やたら前田は太田のことを性格が悪いと言った。太田は、性格はどうであれ、テニスは真面目にやっていると思った。しかし、太田が男に色目を使っていることは、生徒指導する必要があるようだ。  「男に色目を使っているってどんなこと。」 さらに前田の話を聞いた。
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