7章 図書館

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7章 図書館

「なんですか。」  野次馬が集まっているので、何事かという感じで太田が聞いた。いつものように黒いヘアゴムで一つ結びである。ぱっと見た感じでは、パーマはかけてないようだ。 「最近、ピンクのシャツを来て原田橋付近歩いてた。」 「あぁ、はい。」  太田は少し目線を上げて答えた。 「どこに向かってた?」 「図書館に。」  「図書館?」  近くには図書館はない。 「市立図書館の方です。乗り換えがあるので原田橋付近では。時間気にして歩いていたと思いますが……。」  なんでそんなことを聴くのかと、怪訝そうに答えている。 「髪はパーマかけたりしてた?」 「パーマはかけてません。毎日結んでるので跡がウェーブのようになったりします。」  女子の髪のことは分からないが。太田のひとつ結びにしている髪は、パーマには見えない。 「髪をカーラーで巻いて出かけたりする?」 「髪を巻いたりしたことはありません。カーラーは持ってないですし。」 パーマでないなら、髪は巻いてるはずだ。太田は認めようとはしなかった。 「髪を巻いて歩いてるところを見たという人がいるんだよ。」 「それ本当に私ですか。髪を巻いたことはありません。」 太田は自分ではなく、他人であると主張している。岡田は質問を変えた。 「図書館行く時に。中学の同級生に会わなかった?」 「図書館で同級生に会いました。」 「男の?女の?」 「女の同級生に会いました。」 「それ約束してたの?」 「たまたまです。」  太田はバスで乗り換えて、遠くの市立図書館まで行ったらしい。 「いや、原田橋付近で見た人がいるんだけど。」 「え?私をですか。」 「覚えてない?」 「私の知らない人ですか。」 「いや、中学の同級生だけど。」  一向に話がすすまないので、岡田は名前を出した。 「児島悠人って知ってる?」  その名前を聞くと、太田はハッとした顔をした。  「あー、はい。名前は覚えてます。顔は思いだせないですが。」 「イケメンらしいけど。図書館行った日に話してない?」 「いいえ。……話してたら顔はっきり思い出すとおもうんですけど。」  太田は、児島の顔を思い出せないようだ。落ち着いており、嘘をついているようには見えない。 「児島悠人君が電話したことがあるって言ってるんだけど。」 「えっ、児島が?……え、まぁ、児島がそういうなら電話したんでしょう。」  太田は急に児島悠人を呼び捨てにし、電話したことを認めた。 「最近、電話した?」 「いいえ。」 「児島悠人が、どこの高校行ったか知ってる?」 「知りません。」 「もう一度聞くけど、児島悠人に最近電話したり、話しかけた利してない?」 「仲良くないので電話も、話しかけもしません。」  きっぱりと答えた。仲良くないのに児島悠人を呼び捨てにしてたな。 「児島君の顔、思い出した?」 「まだ思い出せません。」 「えー、児島君て、格好良いみたいだけど。」 「児島は格好いいというか、制服の着方が派手でした。」  相変わらず、児島のことを呼び捨にしていた。 「児島って不良なのか。」  そういって、岡田は永山恵美に目を向けた。永山は、それには答えず、何か言いたそうな顔でじっと太田を見ていた。 「児島が、原田橋付近で太田の後をついてったみたいなんだけど。」 「え?ずっと?図書館までついてきたんですか。気づきませんでしたけど。」  太田は、頑として児島を見てないと言う。 「違うだろ!お前が、なんかしたんだろうがぁ」  前田が、しびれを切らしたのか、ドスのきいた声を出した。太田はびっくりした顔をして前田を見た。何なんだという顔で岡田を見る。太田が永山と児島のカップルと会ったのは確実だろう。二人とも太田だと認めている。太田がなぜ児島達と会っていることを認めないのだろう。ふと、太田がテストの答案用紙を教室のゴミ箱に捨てたことを思い出した。 「そういえば、英語の答案用紙をゴミ箱に捨てた?」 「はい。」  しっかりとした口調で答えた。 「それは認めるんだ。」  思わず声に出た。  太田が児島悠人に声をかけたとしても行き先は図書館だ。太田が児島に声をかけたのではなく、児島が太田の後をつけたのではないだろうか。 「図書館で会った同級生の名前は?」 「八幡美香さんです。鹿中の。」  太田は最後をボソッと言った。そうか、図書館で会った人がいるなら、児島に声をかけたら、図書館にしか誘わないだろう。 「もう帰っていいよ。」  やっと解放されたという顔をして太田が帰ろうとした。 「私には会ってるよね。」  後ろで話を聞いていた永山恵美が身をのりだして太田に尋ねた。 「あぁ、うん。」  とっさのことで、太田は永山に会ったことを認めた。ただ、それがどうしたと言わんばかりの態度である。 「まぁ、永山と会ってても、太田は図書館に行ったんだからな。」  と岡田は、そう言って太田を返した。残された前田達は納得できない様子だった。岡田もモヤモヤしたものが残った。 「おい、八幡美香って同級生いたか?」  前田が野次馬達に言った。太田が会ったという八幡美香を知らないようだ。 「あいつ適当な名前を言って図書館に行ったことにしてるんじゃないか?」  前田は、そうに決まっていると言いたげな顔だ。 「君たち鹿中出身なんだろ?」  と、岡田が言うと 「いいえ、僕達は長田中出身です。鹿中って、太田が転校してきた中学じゃないですか。」  そうか、太田がわざわざ遠くの図書館に行ったのは、前の中学の近くにあったからか。 「鹿中出身の知り合いがいるんで、八幡美香が本当にいるのか聴きましょう。」  と、職員室から出ていった。岡田は、そこまでしなくてもと思ったが、中学時代の太田のことを聴いてみたいと思った。  暫くすると、小川稔という人懐こそうな男子生徒が連れられてきた。前田と同じバレー部らしい。 「八幡美香さんって、鹿中にいた?」 「はい、いました。」  それを聞いて、野次馬達はつまらなそうな顔をした。同学年の女子生徒が髪を巻いて街で男を誘っているという妄想が砕かれたのだろう。キャンプの件で、太田が身体を使って男を強引に誘う女だという噂が広がっていたのかもしれない。この世代の男子達にとっては、興味のある話題だろう。永山恵美はまだ納得できないようだった。岡田は、続けて小川に聴いた。  「太田さんと、中学で同じクラスだった?」 「2年で同じクラスでした。太田さん、すぐ転校したけど。」 「太田はどんな人だった?」 「普通の、あ、水泳は早いみたいで大会の選手だったと思います。」  そういえば、前田が水泳が男子より早いって言ってたなと岡田は思い出した。 「男関係は激しいことはなかった?髪型とか派手に変えてたとか。」 「いや、なかったと思います。女子でいつもかたまってましたし、髪は今みたいに結んでましたね。」 「そうか、ありがとう。」  前田と永山もしぶしぶ帰った。職員室に静寂が戻り、岡田は今回の件のファイルを作り始めた。太田は確実に嘘をついていると思った。
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