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「……これが、先輩のいない世界です。どうでしたか」
今日会った人たちはみんな、多かれ少なかれ悲しみに溺れていた。私はそれに当てられてしまったのかもしれない。幽霊に出逢ってから悲しくなるなんて妙な話だ。
『んー、そうだねー』
反対に、先輩は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。私にはそれが不思議でしょうがなかった。
『死んでよかった、って思ったよ』
「え……」
何を言っているのだろうか。理解できない。私はわかりやすく呆けた顔をしていたのだろう、先輩は「長話になるけどいい?」と前置きして、話し始めた。
『私ねー、友達がすごく多いの』
「えぇまぁ、知ってます」
後輩の間でも有名なくらい、明るくて賑やかで、光の中にいるひと。そんな人が自殺なんて、と誰もが思っただろう。実際、陰の他人の私はそう思った。
『だからなのかわかんないけど、他の人にとっての「親友」っていう人がいなかった。一緒に帰る人とか、決まってる訳じゃ無かったし。私は友達が増えれば増えるほど、孤独になっていった気がした。たくさん友達がいるのに、「1人選べ」って言われた時に誰も選べないし、選んでくれないんだよ。それって寂しくない?』
最低限しか友達のいない私にはわからない感覚だけど、先輩の想いは纏う空気で伝わってくる。伝わるけれど、私から見た先輩は、いつも誰かと楽しそうで、孤独とは真逆の印象だった。なんだか、違和感を覚えた。あの眩しさが絆じゃないというだろうか。
『元々自分に執着とかしないタイプだったものだから、愛されない人間って生きてる意味あるのかなとか思い始めて、とりあえず自殺してみようと思ったの』
「とりあえずで自殺ですか!?」
私の言葉には反応しなかった。先輩にとって、死ぬことはそれほど重大なことではないのかもしれない。
『で、ふらっと屋上寄ってみたら、普段掛かってる鍵が開いてるじゃない?これはもうやるしかないな、って柵の外側に立ったんだけど。……いざとなると怖くて。自殺した、なんて言われてるけど、本当は自殺する勇気なんて無かったの。戻ろうとしたところで、足を踏み外してポーンとね。気づいた時には宙にいて、行き場の無くなった手と青い空を呆然と眺めてるうちに。どんな覚悟をしていてもしていなくても、人はあっさり死んじゃうのね』
私は何も言えなかった。先輩の言葉は、今まで聞いた誰の台詞よりも重かった。本当にこの人は死んでしまったんだと、今更ながら実感する。今ここにいるのに、触れることも、未来に夢みることも許されていない。
「……さっき、死んでよかった、って。どうして」
淡々と言ったつもりだったのに、その声は震えていた。所詮他人事、だったはずだ。
『私が死んで、悲しんでくれる人がいることが嬉しかったから。私ばかだから、死ぬまで分からなかった』
「そんなの生きていればいつか分かるように」
なるでしょう、そう続けようとして、口を噤んだ。
あぁそうか。無自覚にたくさんの人を魅了して、あんなにも心から愛されて、輝いていたのに。先輩自身が「親友」じゃないって線引きしていたから、先輩の目にはうつらなかった。周りの人が見えてなかったから、簡単に自殺、なんて言えたんだ。
『それに、君と知り合えたから。幽霊じゃなきゃ出来ないでしょ?』
そして私も、一緒に過ごしたのはたった数時間なのに、魅了されてしまっているんだ。
「……先輩は、酷いひとです」
その線引きはあまりにも卑怯だ。そんなふうに言われてしまったら、私はどうすればいいんだ。確かに、私と先輩はこの機会が無ければ関わることはなかっただろう。でも、だからって、死んでよかったなんて肯定できるわけない。
『惜しんでくれるの?』
ぽわっと一瞬、先輩の身体が光ったような気がした。行っちゃう、思わず手を掴もうとしたけど、虚しく空をかすめただけだった。
先輩はそんな私をみて、仕方ないなぁとでもいうようにくすっと微笑った。目が合ってないよ。先輩、まだわかってないでしょう。
「そんなの、っ私は!先輩と文化祭楽しんだり、カフェでお話したりしたかったです」
きっと困った顔をしてるんだろう。でも、そんなこともできないんだって、あなたと関われないことが哀しいんだって、伝わってほしくて。こっちを見てほしくて。
『……君といた今日一日。楽しくはなかったけど幸せだったよ。私にはこんなに【生きていた価値】があったんだね』
生きていた価値なんて、あるに決まってる。今だって、私はこんなにも引き留めようと必死なんだ。
先輩がゆらゆらと霞んでみえる。本当に霞んでいるのか、私の目が潤んでいるせいなのか、もうよくわからない。
「先輩っ、きっと先輩にとって「1人」という親友の枠は少なすぎただけなんです」
さらさらと消えていく。やっぱり先輩は、能天気に笑っていた。私の言葉の意味が、伝わってるといい。その枠が無くなるだけで、きっと世界は明るくなるはずだから。
『ありがと』
姿が見えなくなったあと、頭の中に響いた。先輩の消えた空は、先輩によく似合う澄み切った青空だった。本当、私には眩しすぎた。チカチカして、脳裏にこべりつく。
瞬きをする。さっきは意地で泣かなかったから、今更一筋の涙が溢れた。
『ユウちゃんが泣いてるー』にやにやした先輩の声が聞こえた気がした。名前なんて教えてないから、そんなこと言えるはずがないのに。
「……紗和先輩のばか」
宙にむかって、呟いた。
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