恋歌の果て

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 燈子(とうこ)が私の部屋へやって来たのは約三か月ぶりのことだった。  別れた恋人を家へ招いたのは、この日、買い物へ行った先で偶然にもアルバイト中の彼女と出くわしたことがきっかけだ。燈子は決まった店で働いているわけではなく、短期の仕事を扱う派遣会社に登録している。  今週末、私のマンションから徒歩十分ほどの距離にあるショッピングモールで子供向けのイベントがあり、彼女はそこに派遣され仕事をしていた。そこへ、たまたま買い物中の私が通りかかったのだ。  部屋の玄関で顔を合わせた途端、私たちはどちらからともなく笑い出し、少しの間佇んでいた。 「家に誘われた時は冗談かと思った」 「そんなわけないじゃない」  私は燈子を中へ招き入れた。 「何だか美味しそうな匂いがする」 「あさりの紫蘇バター炒め、食べる?」 「食べる。(あい)ちゃんのその料理、大好き」  燈子が笑顔になると、部屋の中に優しい空気が満ちていく。  私は自分が不自然な表情をしてないか気になった。  手伝いを申し出た燈子に(すわ)ってていいと告げ、私は台所でシチューの出来具合を確認した。皿を出そうと食器棚に手を伸ばすと、そこに燈子が立っていた。 「ねえ、藍ちゃん。勝手に出て行ったこと、怒ってる?」 「大丈夫、そんなに気にしてないから」  あまり顔を見ずにそう答えたので、燈子がどんな反応をしたのかは分からない。シチューが皿に取り分けられるのを注意深く見届けた彼女は、その後で私を背後から抱きしめた。 「私、藍ちゃんのこと、今でもとても好きだよ。本当にごめんね」 「謝ることないよ。来てくれてありがとう」  鍋に蓋をして後ろを振り返ると、燈子が硝子のような瞳で私を真っ直ぐ見つめていた。 「私って莫迦だよね。藍ちゃんみたいないい女がいるのに、じっとしていられないの」 「他の子で曲を作りたくなっちゃったんでしょう?」 「それもある。私、つくづく破綻してるなあって自分でも思う」
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