恋歌の果て

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 二度目の出会いは百日紅が鮮やかな七月の終わり、そう、今日だった。   ショッピングモールの催事場で、子供用の大型エアー遊具の管理スタッフとして働いている彼女と偶然出会った。  二人とも、眼が合った瞬間、あっという表情で立ち止まってしまったので、何となく一声かけなくてはならない空気が生じ、私の方から近づいて行った。 「久しぶり。ここでバイト?」 「うん、期間限定の派遣の仕事」  素っ気なくされるかもと知れないと半分ぐらいは懸念していたが、燈子はただ照れ臭そうに微笑んでいた。 「元気そうで良かった。……あの、しばらく連絡ないから、どうしてるかなと思ってた」 「ごめんね。ちょっと色々忙しくて。でもここのショッピングモールなら、もしかしたら藍ちゃんに会えるかもって思って希望したの」  嘘だと分かっていても嬉しかった。その嘘と私の名前を呼んでくれたことだけでも、勝手に出て行ったことを充分に許す力があった。 「ねえ、良かったら私今日は休みだから、仕事が終わったら寄って行って」  気づいたらそう云っていた。そして夕方六時過ぎ、燈子は少し気まずさを隠すように私の部屋にやって来たのだ。 「ほんとに来ちゃったけど、いい?」  含羞(はにか)んだ燈子は、桃とぶどうの入ったビニール袋を手渡してきた。部屋に入っても彼女はまだ落ち着きのない様子を見せていたが、私が発泡酒を勧めると、燈子はようやくリラックスした様子を見せた。 「今日はほんとにびっくりした。仕事してたら、きれいな人が歩いてるなあって思ってよく見たら、藍ちゃんだったんだもの。二回恋に落ちたのはあなたが初めてだよ」 「またまた」  私はキッチンで燈子が持って来た桃の皮を剥いていた。 「また曲の続きを書かせてくれる?」  そう訊かれた時、私は突き落とされたように悲しくなった。  曲を作ることで私への愛が完結してしまうなら、そんなものは要らない。  かつて燈子が出て行った夜、私は他の女の子に彼女をとられてしまったのだと胸をかきむしるような焦燥感に駆られて泣いた。私への愛は書き上がる前に終わってしまったのだと苦しくなった。彼女がいなくなってから私の朝はいつも絶望で始まった。  今日、偶然会った時に分かった。ああ、私は燈子に出会うために生まれてきたんだ。    燈子に曲を作らせなければいい。そのギターをつま弾く指を取り上げてしまえば。  私は桃を切るのに使っている果物ナイフは、今日、ショッピングモールで買ってきた最高の切れ味のものだ。その喉も切り取ってしまおうか。そうすれば、もうあなたは永遠に私以外への愛を歌えない。二度と私たちは別々の朝を迎えることはない。  私が布巾でナイフを隠し、テーブルの上に桃の皿と一緒に置いた。私の鼓動は初めてキスをされた日と同じくらい高鳴っていた。  不意に燈子は私を抱き寄せ、項に唇を寄せた。 「あなたのために曲を書いてたけど、ここにいる間いつまで経っても書き上がらなかった。そんなことは初めてだったの。どうしてかな。藍ちゃんを見てると永遠に書き上がらない気がした。次々に色々なメロディーが浮かんできて、でもそれを表現する力が私にはまだなくて、苦しかったの。だから出て行ったのに、なのに、今日またあなたに会っちゃった。あなたは神様が私に与えてくれた最高の試練みたい」  もう私は何も云えなかった。私は耳から溶けていった。
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