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香る音-a
バタンッ ガンッ パリンッ
「お兄ちゃんッ!何か音したッ!」
築五十数年経つこの家は、現在二人しかいない。家の二階の南東の位置に俺の部屋がある。妹の夏希は声の聞こえる方角からして二階の南西に位置する彼女の部屋にいるの だろう。
「兄ちゃん、聞いてる?」
遠慮もなしにズケズケと部屋に入ってくる。
「何が?」
「一階で何か音したのッ。何か落ちたんじゃない。兄ちゃんの置き方が悪かったんでし ょ 。」
「俺が使っているものだと決まってねぇだろ。」 「そんなのどうでもいいのッ。とにかく、誰もいないのに物音がするのは怖いから、見 て き て よ ッ 。」
「お前が怖いとか知らねぇよ。気にしなけりゃいいだろ。」
「だって、気になるんだもん。」
「じゃあ、一人で見て来いよ。こっちは、ゲームがいいとこなんだよ。」
「あぁ、兄ちゃんは可愛い妹に怖い思いをさせるのね。兄ちゃんがこ・わ・が・りのせいで。」
そう言いながら、顔を手で覆って泣くフリをしているが、こちらを覗く二重の大きな目 が指と指の間から見えている。三歳しか変わらない妹が可愛い子ぶっても、兄の俺には 効かない。
「怖かねぇよ。ただ面倒なだけだ。」
バンッ ガンッ ゴンッ
「ギャーッ!もう、兄ちゃん、見に行ってよッ。」
夏希は叫びながら、抱き着いてきた。これ以上、隣で騒がれるのも鬱陶しい。
「はぁー、仕方ねぇ。一緒に行くなら行ってやる。」
「 嫌 。 ぜ ー っ た い 、 嫌 ッ 。」
「 じ ゃ あ 、 知 ら ね ぇ 。」
「 何 で よ ッ 。」
「面倒だから。てか、妥協案出してやっただろ。それで、嫌って言ったんだから、知らねぇよ。」
「兄ちゃんの馬鹿ッ。分かったわよ。じゃあ、一緒に来てよ。」
俺の腕をつかみ、引っ張る。
「早く。早く。」
「しゃあねぇ。見に行くだけだからな。」
ゲームを中断し、椅子から立ち上がり、夏希に引っ張られるまま一階におりた。
居間や台所などに異常がないか確認するとともに、玄関や窓の鍵の確認をすると、 どこも閉まっていた。他の部屋も、特に異常はなかった。最後にお風呂場を覗いた。少 し扉を開けると、中から鼻にまとわりつくほどの甘く、懐かしい匂いが出てきた。後ろ にいた夏希が、俺を押しのけバスルームの扉を開けた。
「あぁ、ママの香水がッ!探していて、見つからなかったのに、粉々になってるッ!」
脱衣所の床には、香水の瓶が割れて、破片が散らばって、中の香水は溢れ出、水たまり を作っていた。その近くには、櫛や髭剃り、石鹸が転がっていた。夏希は、母の香水が 割れたことがショックなのか座り込んで、うつむいた。
コンッ カラン カラン カラン
夏希は肩を揺らし、俺のズボンの端をつかみ、動かなくなった。しばらく呆然とし、 音がした湯船のある方を見ると、吊るしていた掃除用たわしが床に落ちていて、シャン プーのボトルが転がっていた。
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