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魔の3分
「はぁ~疲れた~!」七海のパパラッチを終え、暗く静かになった社内へと帰ってきた里山と大鷲は疲労した様子で、とぼとぼと歩きながら自分のデスクへ戻った、里山はようやく自分のデスクを案内され、ぐったりとオフィスチェアに座り込んだ、一瞬里山はじっと時計の針を見つめていると段々目蓋が狭くなってきた、その時、「ご苦労さん、」 突然部署の扉から片手に缶コーヒーを手に持った矢代が現れた、里山は矢代に気づくと、さっきまでの眠気が急に覚めて扉の方を振り向いた、「お疲れ様です編集長、」大鷲は目蓋を抑えながら応えた、「これ、今日の御褒美に」そう呟くと各々のデスクに持っていた缶コーヒーを置いていった、その時、大鷲のデスクの上に今日の昼に二人が撮ってきた写真が何枚も置かれていた、矢代はすかさずその写真を手に取り、素早く写真を確認し始めた、「ぺら、ぺら、ぺら、」矢代は何枚もの写真を僅か数秒の間で次々と確認していった、やがて撮ってきた全ての写真を見終わると矢代は、束になって重なりあう写真から一枚だけ抜き取ると、他の写真は全て大鷲のデスクへと戻した、その行動に思わず里山は矢代に問いかけた、「え?、たった一枚だけですか」
すると矢代は軽そうな表情ですぐに応えた、「あぁ、そうだけど、他の写真は何もかも記事に載せるには魅力が足りなさすぎるんでね」そう言いえ終えると表情のない笑顔を里山に見せた、「えぇ~!あれだけ頑張ったのに」里山は今日の労力とは比にならない報酬に、肩の力が抜けるように落胆した、「あ!、そう言えば紹介してなかったな、僕は内の編集長をしている、矢代 秀二です。君には期待しているよ、フフ、」矢代はそう軽く挨拶を交わし、里山のもとへ去ろうとしたその時、里山に矢代が一枚だけ選んだ写真を見せつけた、「 ! 」思わず矢代が見せつけてきた写真に里山は驚きを隠せなかった、そんな動揺を見せている間に矢代はすたこらと社内から出ていってしまった。
夜の8時、とある高級料亭屋に七海 清二は遅れて足を運ばせていた、堅いスーツを身に纏い真剣な目付きで、袴を着た女将に案内されていると、ようやく女将の足が止まり、女将は膝をつきながら丁寧な口調で呼び掛けると、ゆっくりと障子を開いた、「失礼いたします、お連れ様でございます、」そう女将が言い終えると、七海は開いた障子の間から顔を見せた、「おぉ~、やっと着たか」和室には父親である七海 大亮と他に、国文社の社長である山科 蒼次郎が居座っていた、「清二君、また一段と立派になってきましたな先生」山科は笑顔で父親の七海 大亮を囃し立てた、七海 清二は苦笑しながら二人の間に正座した、しばらくの間、三人はたわいもない世間話が続いていると、七海大亮が会話の途切れで、山科を招待した本題について切り出してきた、「山科さん、お宅らとは長らく付き合いをしてきましたな、」 「勿論、先生にはいつもお世話になっております」山科は笑顔を浮かべながら軽く七海に会釈した、「そこでなんだがな」すると突然和室の廊下から秘書官の高嶋が紙袋を持って部屋へと入ってきた、そのまま山科は高嶋から渡された紙袋をされるがままに受け取り、疑問を感じ始めた、「こちら鶴屋吉信の京菓子です」そう高嶋は紹介すると、七海大亮はニヤリと笑みを浮かべた、「これはどういったもので?」山科さん、困惑するまま渡された紙袋の中を覗き込んだ、「今我が党で検討を進めている帝東大の医学部建設案、」 「えぇ、」 「これをどうしても崩すわけにはいかない、そこでこれに免じて、お宅の方で載せた記事を揉み消して欲しい。」
そう発言していた七海大亮の表情からは、さっきまでの笑顔とはうって変わった真剣な表情であった。
翌日の朝、「コツコツ、コツコツ」社内の廊下を足早に革靴で歩く矢代は、たまにしか通ることのない書籍部の部署を覗き込みながらそのまま通り抜け、専務のいる部屋へと繋がるエレベーターの前へと到着した、7階のボタンを押し込み、エレベーターが到着するまで暇をもて余していると、
携帯のネットニュースからとある速報が流れ込んできた、矢代は気になってその記事をすぐに開いた、ネット記事には厳しい国民からの批判を浴びた芸能人が誹謗中傷を訴え顧問弁護士の三門がメディアに対して抗議する会見の場面が切り抜かれていた、その全文に矢代は気になって目を通していると、その時誰かが矢代の左へ並んだのに気づいた、矢代は携帯の画面を見るふりをしながらチラッと隣にいる人物の顔を覗き込んだ、矢代の隣に並んで来た人物は小説などの作家を受け持つ、書籍部女性編集長の丸岡であった、丸岡は頑なに生真面目である性格から矢代との相性は最悪であった、「チーン!」その時、タイミング悪くエレベーターが到着してしまった、扉が開くと丸岡はこちらに目を向けることなく先にエレベーターの中へと入っていった、矢代は気難しそうにゆっくりと続いて入っていった、やがて扉が閉まると、しばらくの間二人だけの密室空間となってしまった、運が悪いことに目的の階まであと六階も残っている、気まずい空気を反らすかのように矢代エレベーター内に貼り付けられていたポスターの方に目を向けた、その時、「大臣の記事はどうなったの?」 突然丸岡がこちらに視線を向けることなく、一言問いかけてきた、矢代は思わず戸惑いながらもすぐに応えた、「これから五十嵐さんとこへ伺いに行く、まぁ~上からの圧がない限り記事に載せすることは出来るだろう」
「あぁ、そうなの」丸岡は問いかけてきたのにも関わらず、冷めたリアクションで矢代の話に応えた、「そう言えば新人賞の候補に上がってた、貝渕という作家がいたろ?新人賞は彼に決定だろ」
すると丸岡はこちらを振り向いてきた、「貝渕は残念だけど大賞からは落ちたわよ」丸岡はそう告げた、「ちょ、、ちょっと待って!あんな作品を執筆できるのは早々いない、どうして候補に落ちたんだ?」 その時、「チーン!」タイミング悪くエレベーターは7階へと到着した、丸岡は矢代の問いかけに応えることなく足早にエレベーターから降りていった、「雑誌部も精々頑張って、」
そう矢代に言いかけ丸岡はそのまま去っていった。
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