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君が踊る姿を初めて見た時、あっという間に心を奪われた。腰周りの艶やかな動きに魅了されてしまう。
他の人を見ないで。いつも君を見つめているのは誰か分かっている?
君は本当に、綺麗だ――。
※
会場内はこの上ないほどの熱気で溢れている。
ステージ上で踊るわたしとカイの姿をとらえ、リズムに乗って光るライトはとても眩しい。夢中になってわたしたちは歓声を浴び続けていた。
(フレア、次が見せ場だよ)
そう言うように、カイはわたしの目を見て頷いてくれた。
二人並んで連続で側宙を決める大技がある。床に手を付けず回転するアクロバット技は苦手だけど、カイが一緒に練習してくれたから恐怖心なんか忘れて成功させられるの。
――ほら今日も。最高のダンスが披露できたでしょう。
曲が終わった頃、二人手を合わせてポーズを決める。拍手喝采の中、照明がゆっくりと暗転していった。
幼い頃から一緒に踊ってきたカイは、わたしの支えなんだ。
「フレア、カイ。お疲れ」
ステージ裏に捌けると、応援に来ていたスタジオ仲間のエドが迎えてくれた。彼はインストラクターとして経歴が長く、わたしとカイの先輩でもある。
エドからタオルを渡され、わたしたちは止まらない汗をそれで拭き取った。
「いつも悪いね、エド」
カイが爽やかに笑みを向けると「二人ともいつも頑張っているからな」なんて言ってくれる。
ダンスが凄いだけじゃない。常に後輩を気に掛けてくれる人で、わたしもエドみたいになりたいといつも思っていた。だから自分に初めて後輩ができた時は、手取り足取り色んなことを教えてサポートしたの。
「そう言えばフレア。また例の人から差し入れが届いていたぞ」
そう言ってエドが差し出してきたのは、赤いバラの花束だった。中には印字で書かれたメッセージカードが添えられている。
『Dear, Flare. I lovE you』
いつもと同じ言葉が綴られていた。名前が書いていないから誰だか分からないけど、イベントや大会があると必ず同じプレゼントを贈ってくれる人がいる。
「フレアにはファンが多いからね」
隣でカイは目を細めて花束を眺めていた。
――ファンがたくさんついてくれるのはとても嬉しい。
いつもイベントが終わると、ファンが出待ちをして労りの言葉を向けてくれたりするの。
「フレアさん、今日のダンスも素敵でした!」
「今度の大会も応援しています」
「これからも頑張ってください」
会場の外でいつものようにファンの子達が待ち構えていた。
「皆いつもありがとう。これからもよろしくね」
わたしがそう返すと、皆は黄色い悲鳴を上げて顔を真っ赤に染め上げる。静かな夜空の下で、わたしたちの周りだけは熱狂しているようだ。
表舞台で活動するわたしたちダンサーにとって、こうして応援してくれる人たちの存在は本当にありがたかった。
――だけどひとつだけ。気になることがあるの。
疲れた体で自宅に着いた時。ちょうどわたしのスマホが着信音を響かせる。
まただ。
わたしが家に帰ってドアを閉めた瞬間、毎晩のように電話が掛かってくる。画面を確認しても――非通知なので相手が分からない。
「どちらさま?」
通話ボタンを押してそう尋ねてみても、返事はない。ひたすら無言が続くだけ。
ただのいたずら電話だとは思う。でも、何だか気味が悪い。
自宅に帰った途端に電話が掛かってくるんだもの。まるで誰かに監視されているみたいで……。
でも気にしないようにしていた。いたずら電話以外、特に害はないから。適当にあしらっていれば、相手もそのうち飽きるでしょう。軽く考えていたの。
◆
「えっ、無言電話?」
ハンバーガーを片手に、エドは目を見開いた。その隣で、コーラを口に含んでいたカイは少しむせてしまっている。
ランチタイムのバーガーショップは多くの客で賑わっている。そんな中わたしは、小声で二人に話を続けた。
「そう……家に着くとすぐに電話が掛かってくるの」
「他に何か変なことは起きていないか」
エドは神妙な面持ちを浮かべる。
「特にないわ。こういうのって、愉快犯だとしたら変にリアクションしたらつけあがるでしょう? だから相手が飽きるまで放っておくわ」
チーズバーガーを頬張り、わたしは窓の外を眺めた。生憎の天気で、街を行き交う人々の足元が濡れて皆寒そうにしている。
「なあ、フレア」
「何?」
「もしかして――ファンの誰かじゃないか」
声を低くしながらエドは目線を右上に向けている。
「フレアはスタジオ内でも特に人気だろう。いつも名無しでプレゼントを贈ってくるファンもいるほどだ」
「でも、ファンがどうやって電話してくるんだろう。フレアの番号も知らないはずだよね」
眉を八の字にしながら、カイは首を傾げている。
「だから怖いんだよ」
エドは一度目線を下に落とし、ドリンクを一気飲みした。そしてまっすぐわたしの目を見つめてくるの。
「心配だから……オレが送り迎えしてやろうか」
「え?」
突然の申し出に、わたしは言葉を詰まらせる。だけどエドは真剣な表情をしていたの。
――エドはいつもそう。後輩想いで、どんな時も気遣いをしてくれる。だからわたしも度々こうして色んな相談をしてしまうんだけど。
小さく笑いながら、わたしは口を開いた。
「エドって本当に頼りになるわよね。だけど、そこまでしなくても大丈夫よ」
「今は平気かもしれないが。もしものことがあったらどうする」
「もしものことって?」
「分からないのか。今よりもエスカレートして、大変な事態になるかもしれない。そういう事件、たまにあるだろう」
「ああ、そういうこと?」
「エドの言う通りだよ。フレアはもう少し警戒した方がいい」
わたしが無防備なのか、エドとカイが心配性なのか。
外の景色に目を向けると――先程よりも更に雨足が強くなっていた。
「まあ……そうよね。でもエドとわたしの家は逆方向だから送り迎えをしてもらうのは悪いわ」
「それは気にするな」
「ううん、いいの。だったらカイにお願いしようかな。家も近いし」
エドはそこで小さく息を吐いていた。窓に映された彼の顔を見ると、何となく寂しそうな顔をしている。
「フレアとカイは本当に仲が良いな」
カイもわたしも、その後に続く台詞を見つけられず暫し黙り込んでしまった。
――正直、カイとは色々あったから。わたしが落ち込んでいると、真っ先に気づいてくれるのもカイ。わたしが好きな人にフラれた時も慰めてくれて、そして――カイのまっすぐな気持ちも小雪が降るあの日に伝えてくれた。
子供の頃から一緒に過ごしてきた幼馴染みのカイとは、最近少しずつ関係性が変わってきている気がする。でもわたし自身、それがどう言ったものなのかはっきりしていない。
何となくカイとわたしは、気恥ずかしい雰囲気を醸し出してしまう。それでもエドはふっと微笑んでいた。
「まあ、無理には聞かないさ。とにかく、また何かあればいつでも聞くからな」
「ありがとう、エド」
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