水もしたたる熱き想い

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 ――その日の帰り道。結局、エドに自宅まで送ってもらうことになった。  カイは来週大会があるから仕事後も練習をすると言っていた。忙しいのに送迎してもらうのも良くないと思い、またもやわたしはエドに頼ってしまう。  昼間よりも更に雨が強くなってくる。小さい折り畳み傘だと、どうしても肩が濡らされる。大きめの傘を、スタジオに置いてきてしまった。  激しさが増す雨の音を聞きながら、今さら後悔していた。 「フレア、寒そうだな。平気か」  雨に冷やされるわたしの右肩を眺めながら、エドは心配そうな眼差しを向けてくる。 「平気。帰ったらすぐにシャワーでも浴びるから」  本当は凍えそうになるほど身震いしていた。  真冬の夜はただでさえ冷えるのに。氷のように降りかかってくる水しぶきが、肩だけでなく足元の体温もどんどん奪っていく。  目の前に映る景色は何とも寂しい。街灯が少ない小道に差し掛かると、周囲には誰もいなくて木々が雫に打ち付けられる音が鳴り響くだけ。  何となく暗い雰囲気だった。 「フレア」 「うん?」 「おいで」  突然、エドに手を強く引かれた。本当に唐突で。  勢いで、わたしは右手に持っていた自分の傘を落としてしまう。 「エド……?」  肩を抱き寄せられ、エドの吐息が感じられるほどの距離になっていた。急な展開に、動揺が隠せない。 「フレアが震えてるから」 「だ、大丈夫よ」  地面に転がるわたしの傘が、逆さまになってどんどん濡れていく。拾いたいのに――エドの力が強すぎる。 「あの、エド。離して」 「……嫌だ」  低い声で呟くエドは、更にわたしの全身を強く抱き寄せてきた。  訳が分からなくて、頭が混乱して、一体何が何なのか理解できない。 「フレアは全く気づいてくれないよな」 「何を?」 「オレの気持ちに」 「……え?」  エドの声は、今までに聞いたことがないほど圧のかかった口調だった。  様子がおかしい。いつにもないエドの言動に、わたしは息を呑む。 「どうしたの……?」  わたしがたくさんの疑問符を浮かべる中、エドは無表情でこちらを見ていた。そして口を開き、早口で話し始める。 「フレアは、いつも他の誰かを見ているな。以前までは違う男のことばかり考えていたようだが、今は別の人を見てる」 「待って、何言ってるの?」 「オレはフレアが踊る姿を初めて見た時、あっという間に心を奪われた。腰周りの艶やかな動きに魅了されてしまう。いつもフレアを見つめているのは誰か分かっているか? フレアは本当に、綺麗だよ――」  話し方も声の質も、いつものエドとは全然違った。  なぜかわたしの背筋が凍りつくように、悪寒が走る。 「オレはいつも君にプレゼントを贈っていた。無事に家に着いた時に確認の電話もしていた。オレは君を見守ってきたのに……どうして振り向いてくれないんだ」 「……え?」  エドのその言葉を聞いた瞬間、わたしはハッとした。  ――まさか。  わたしが全てを悟った瞬間、エドの手が荒々しくわたしの衣服の中に侵入してくる。  冷たくて厭らしい感触が、更にわたしの震えを強くした。 「待って、やめて……エド」 「大人しくしろ、少しだけだ」  ――目の前にいる人は、一体誰?  いつも優しく話を聞いてくれる頼りになる先輩じゃない。  怖い目付きも、圧のかかった低い声も、乱暴に触ってくる冷えた手も。わたしの知っているエドなんかじゃない。
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