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「これ…ミトン?え、もしかして俺にプレゼント!?」 「いや、俺の」 「ええ…え、いや、真鞘の?」 とんだぬか喜び…とズッコケそうなのを堪えた。吹き抜ける北風の鳴き声が耳に痛く、体温が徐々奪われていっていることに気づく。 冬だ、寒くて暗い、最低の季節。 冬の夜、なんて俺の人生で最も嫌う時間帯のはずだがそれでも今ここにいる真鞘の話を遮るなんて考えは一切浮かばず、目の前の男の顔に意識を集中する。 以前より顔ははっきりと見えているとはいえ、それでも生来の性格からか俺とは目を合わせず、自分の大事そうに抱えていた紙袋を両手で持ち直しながらもごもご話を続けた。 「バイト代でミトン、買った。長靴も。あと、働いた。」 「…。」 「…少し、頑張れた、と、思う。」 「うん、すごく頑張ってる。真鞘、すごいよ」 「だから、役に立つ。」 「…うん」 「…だ、だから、役に立つから、み、店で、働きたい、から、だから、」 「…うん?」 真鞘が何故か突然慌てだした。大仰な身振りで何かを伝えようとするが形を成さず、言うことは「だから、その」の接続語のみ。店ってのはその居酒屋だろう。働いていことは素直に素晴らしい。そばにいなくなったのは悲しいけど、やっぱり好きな人の成長は嬉しいものだ。しかし、居酒屋でマイミトンとマイ長靴って一体…。 あ? 「え、ちょ待って店でって、もしかして俺の店のこと?居酒屋は?」 「やめた。もともとその予定。道具買いたかったから」 「じゃ」 「お前の店で…じゃない、店長の役に立ちたい。」 真鞘がこっちを見た。正面からまともに目を合わせるのは初めてだ。彫りの深いひと昔前の俳優のような顔立ちのせいか睨んでいるように見えるが、紙袋を握りしめる手や、潤む瞳からその心情は充分伝わってくる。 「や、役に、立つ…と思う」 「…」 「…だめ、か」 真鞘の背中がまた前みたいに小さく丸まろうとする、その前に、俺は思い切り真鞘の懐に飛び込んだ。 「お、おい」 「真鞘ぁぁあ!!」 「うるさ」 「ぶわあぁ!まじ嬉し、つか、まじときめぐぅぅ!」 「だまれ、まじ五月蝿い」 「だっでぇぇ」 近所迷惑な声を抑えようと自分の胸に俺の顔を押し付ける真鞘。そのことに更に興奮してますます血が上る俺。 ルーシー松永さんが階下からハイヒールを鳴らして上がってくる足音を聞きつけ、慌てて俺の部屋に戻るまで、擬似ハグのような幸せな時間は続いたのだった。
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