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パン屋の朝は早い。夜明け前というか深夜には店に入り準備を始める。小さなパン屋で余裕も無いから工房は俺一人。それでもやっぱり掃除とかには手が回らないから、販売を担当するバイトはだいたい夜が明けてすぐ位に来てもらっている。パン屋だけあってかバイトも若い女の子が多いので、正直この時間帯にバイトに来てもらうのは不審者とかの心配があるのだが…。
「て、てて、てててん、て」
「ててて?」
「てんちょお~!」
もの凄い形相と奇怪な音楽で猛突進する女子大生には、さすがの不審者も引くだろう。安心の我がバイト生クオリティ。
安心の女子大生バイト・益子(衝撃的なことにファーストネームである)は無遅刻無欠勤の働き者だが、おっちょこちょいで慌て者なのが玉にキズだ。
「店長って言うだけで噛むなんて、どんだけ慌て者だお前は」
「ちち、違います!店の前に、ふ不審者、変質者が!」
「お家のない方々だろ。寒いから裏手とかでたまに寝てるし」
「いや、まず来て、ってほら!超見てる見てる!」
「あ?」
確かに、店の裏で寝てる方々とは少し違う。ニット帽にサングラス、マスクにマフラーに厚手のコート。ただでさえ大きいのに、おそらく大量に服を着込んでいるのだろう、異様に上半身の膨らんだ男がたっていた。
「あ、あいつ…」
「ぎゃー!店長ガン見されてる!!きっと店長のストーカーですよ!あんた顔だけは良いから!」
「黙れ益子。今月の給料カットされたくなかったら奥に引っ込んでろ。あいつを中に入れる」
「はぁん!?」
「給料カット」
「は、はいはい~」
愛想笑いを残して益子が去っていく。正直朝のこのクソ忙しい時間帯にパン作り以外の事を考えるのは厳しいものがあるのだが、そうはいってられない。
「引きこもりじゃねーじゃん」
「…」
「中入る?」
「…帰る」
マフラーに深く顔を埋めながらそれでもしっかり返事を返してくれた。
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