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引きこもり、だと。 マンションの周りをうろついていた不審者は、まず職業を聞かれてそう名乗ったのだ。 「引きこもってねーじゃん」 「引き、こ…り…す」 「はぁ?本当にアンタ頭おかしいの?怖いんだけど」 「……」 「あ、無視。出るとこ出ようか」 「……」 「おいテメー」 「ちょ、ちょ松永さん!」 そのあんまりな問答と小刻みに震える体が不憫すぎて、俺はとてもじゃないが見てられなかった。今にもハイヒールで急所を踏みにじりそうな202号室のルーシー松永さん(源氏名)に嘆願して、その男を部屋まで引き取り…引き取ってしまった。 晩秋のことである。 … … 「夜以外にも外に出れんじゃん」 「…」 「マジで引きこもり卒業?もしかして今日朝デビュー?」 「…朝から人、いる…」 「あー。早朝も意外と微妙な時間帯だからなぁ。夜仕事の人の帰宅ラッシュだし、朝の散歩も多いよ。」 「違…もう帰る」 「会話しよう会話」 「………お前」 「うん」 「一人って言った」 「は?何の、あ…あーわかった。パン屋ね、俺が一人で経営してるってやつ」 「ん」 「益子がいたからビビったのね」 「…女の子」 「そう、バイトの益子」 「…」 男はちらりと売り場の方を見て頷いた。なるほど、今頃売り場の掃除をしているであろう(そして此処を覗きこんでるであろう)益子の存在に驚いたわけか。マフラーにギリギリまで顔を埋め、もじもじと膝を擦り合わせて俯いている。耳と尻尾があればだらんと垂れていたに違いない。 (あぁ、俺、うさぎと大型犬が好きなのに) コンボだなんて。 内心きゅんきゅんしながら、表向きはいかにも物分かりが良さげなお兄さんを装って、可能な限り優しく頷いた。 「日が昇る前なら俺一人だよ。暇なら遊びにおいで。」 「…喋りがキモい」 ツンデレも装備されているなんて最強だ。 朝から何重にも重ね着して俺の職場に足を運ぶという脅威のデレを見せた彼に、俺は近所のマダムに評判のスペシャル営業スマイルを光らせた。
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