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「あ」
急に記憶がよみがえる。
「悪魔くん!」
駆け寄って、ぎゅむ、と抱きつく。
「なかなか帰ってこねえと思ったら、こんな所に住みつきやがって」
「どうしちゃったんだろ、ぼく」
「空から落ちたんじゃねえのか? 風にでも飛ばされてさ」
「そう言われれば……そんな気もしてきた」
「もう一年も経ってるぜ、ノンキな奴だな」
と、悪魔くんはため息をついた。
物かげから、おじいさんとおばあさん、そして女の子がこわごわと覗いていた。
「礼だ。こいつが世話になったな」
ちゃりーん。
悪魔くんが、おじいさんの足元に金貨を投げた。
金貨は地面を何度か跳ねたあと、おじいさんの靴にぶつかって止まった。
「待ってよ」
ぼくが声を発したのと、おじいさんが金貨に手を伸ばしたのは同時だった。
ぼくはいそいで駆け寄り、おじいさんより先に金貨を拾い上げる。
「神の祝福あれ」
金貨はほんのすこし輝きを変えた。
「どうぞ」
おじいさんとおばあさんは、改めてぼくが手渡したコインを不思議そうに見つめている。
「行ってしまうの? 鳥の巣さん」
女の子は大きな目をかなしげにうるませて言った。
「あなたは、お空に帰っていくの? 本当は、鳥の巣さんじゃなくて鳥さんだったの?」
ぼくは、しばらく女の子と見つめ合った。
それから、翼の生えた鳥――じゃなくて天使の姿に変身して、何も告げずに、悪魔くんといっしょに地を蹴った。
ぐんぐんと冷たく甘い大気の中を飛びながら、ぼくは悪魔くんに聞いた。
「あの金貨、どうなるの」
悪魔くんは、寒くて霜がついてきた鼻の下をこすりながら、
「オレが投げてすぐにじいさんの足が触れちまったから、すんげえ増えてあのニンゲンたちの人生を狂わすかも……」
と言って、ぼくを見た。
それから仕方なさそうに付け足した。
「でもオマエが祝福しちゃったから、もしかしたらあまり増えずに、善く働くかも」
そんなことは神様にしか分かんねえよ、と、面倒くさそうに悪魔くんが締めくくった。
「それにしても、オマエ。下界に落ちて、ずっと記憶なかったのかよ」
「なかったよ、ぜんぜん。でも、あれはあれで幸せだったよ」
「幸せ、か……。オレもいっそのこと――」
悪魔くんは、前を見たままそう言いかけて止めた。
「何? いっそのこと、何なの?」
「堕ちた時、全部忘れれば良かったよな」
そんなつぶやきをひとつ、白い息と一緒に吐き出した。
悪魔くんが『オチタ』時? 僕は少し考えて、ああ、と気づく。
悪魔くんは堕天使、堕ちた天使だ。ずっと以前は天使だったのに、なぜか天から落とされてしまった。
「天使だった時のこと……忘れられないの?」
悪魔くんは答えない。ただまっすぐ前をみて飛んでいる。
ぼくらはずっとずっと藍色の空の中を飛んで、それぞれの家に帰っていった。
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