9 「その日が来た」

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9 「その日が来た」

 ある日とうとう、神様から言われた。 「悪魔を滅ぼしなさい。西の都市の首長に取り憑いて、大きな戦争を始める気です」  ぼくは、長い杖をずるずるとひきずりながら表に出た。  そして、西へ西へと飛んでいった。 「いざ、戦わん! 神の名のもとに!」  西の都市の首長がそう叫ぶと、地を揺るがすような軍隊の雄たけびがあがり、地平を覆い尽くすように砂煙が立ち昇った。  周りの町を侵略するつもりだ。逆らう者は殺し、それ以外の者は奴隷にするんだろう。  目をこらして、さらに西。  煙る地平線の彼方に、傾きつつある太陽を見やる。  黄色くにじむ丸い光の中に、黒い影がぽつりと見えた。  悪魔くん――いや、恐ろしい顔をした悪魔だ。  邪悪な笑みを浮かべている。  ぼくは、息を大きくついてから、持っていた銀の杖を振り上げた。 「悪魔よ、たおれよ! 地に伏せよ! 永久(とわ)に滅すべし!」  ここしばらく出したことのない大音声だ。  激しく地面が揺れ、銀色の風が巻き起こる。  風は地上の木々や建物を薙ぎ払いながら、悪魔に襲いかかる。  しかし、悪魔も負けていない。 「くたばれ、この泣き虫野郎!」  その叫びと同時に、足下の地面が大きくひび割れた。  宙にいたにも関わらず、ぼくはよろめいて、つい下をのぞく。  割れた地面に、あまたの町、そして西の都市も飲み込まれていく。  真っ赤に煮えたぎる地下の煉獄から、業火がめらめらとぼくの真下にまで伸びてくる。  炎の影は悪魔の顔になってにたにたと笑ったかと思うと、大きな口を開けて炎の舌をぼく目がけて素早く伸ばした。目にも止まらぬ速さ、まるで鞭のようだ。  舌はぼくの足首にぐるぐると巻きつき、ぐい、とぼくを下に引っ張った。下に、地割れの更に下に見える真っ暗な闇に向かって。  もがいてももがいても、強大な力から逃れることができない。  長い裾に火が燃え移り、じわじわと足首の方から体が焦げていく。  ――だめだ、このままじゃ炎に飲み込まれる!  ぼくは、引っ張られながらも渾身の力を込めて、杖を振りおろす。 「悪魔よ……滅びよ!」  まばゆい光が世界に満ちた。
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