9 「その日が来た」

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 しばらくして光が収まると、足にからみついた炎の舌は消えていた。  地割れはすっかりふさがり、ただ平らな地面が見える。  ――悪魔は死に絶えた。  そして、地上の細かいもの、ささやかなもの、愛すべきすべてのものも。  どこまでもどこまでも、地平線のかなたまで、つるんとした大地。  もう何も残っていない。  ぼくは手に持った杖を頼りに、足をひきずるように東へ歩く。  いつかはやらねばならないこと。そう分かってはいたけど。  それがどうして、今でなければならなかったのか。  ぼくは涙をおとしながら、ひたすら歩を進める。  ずっと先に、何かが見えたような気がした。  近づくにつれ、それは黒い点となった。  さらに小さなカゴのように見え、それが網目のしっかりした籐のカゴとなり、そして何かが詰まった小さなバスケットになった。  近づいて覗きこむと、中には白い布に包まれた赤ちゃんが、ほっぺを薔薇色に染めて、むっちりした親指をしっかとしゃぶって気持ちよさそうに眠っていた。  黒い髪が、まっ白な額にふんわりとかかっている。 「わぁ」  そおっと、手を伸ばしてその髪に触れる。  絹のようななめらかさ、そして、白い肌のきめの細かさ。長いまつ毛。 「かわいい」  バスケットごと、ぼくはその子を胸にいだく。  そしてそのまま、東へと歩いていった。  悪魔くん、生まれ変わったんだね。  神様ありがとう。  人類には悪いけど、ぼくはやっぱり、うれしかったよ。  ふり向いて気がついた。  ぼくの涙のあとに、ぽつぽつと銀色のヘンテコな花が咲いていた。
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