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10 世界は回る、ぐるりと一周
心にぽっかり空いた穴も、徐々にふさがりつつある。
赤ちゃんと過ごす日々。
おだやかで、やさしくて、あたたかい日々。
よく泣いて、よくミルクを飲んで、よく笑って、いっぱいうんちして。
なんだかすっかりパパみたいだなあ、ぼくも。
それでも楽しいんだからしかたない。
でもある日。
外から帰ってくると、見覚えのある顔が、寄りかかっていた暖炉から身を起こした。
「よお」
「悪魔……くん」
にこにこしている悪魔くんと、空っぽになったゆりかごを交互に見比べるぼく。
さぞかし、きょとんとしていたんだろうな。
「ひさしぶりだな」
悪魔くんの広げた腕の中に、ぼくは飛び込んだ。
「ひさしぶり……って、どこがだよ!!」
「『悪魔に三日のヒマなし』ってよく言うだろ?」
「そんなことわざはないよ」
でもぼくはただ嬉しくて、悪魔くんの顔を撫でまわし、全身をよくよく観察する。
前と全然変わっていないや。
「どうして……どうして急に西の都市をあんなふうにしたの? あんまりじゃないか! いくら決められたことでも、あれは酷すぎ……」
「まあまあ」
片手でぼくを押しとどめながら、悪魔くんはコーヒーでも飲むかなと台所に向かう。
すぐにカップを二つ持って戻ってきた。
向うのにはコーヒー、こっちにはただのお湯。
「乾杯だ」
かち、とかすかに陶器の触れあう音。
湯気がぼくたちの間に漂う、しばしの時間。
悪魔くんはカップを置いて指を組んだ。
「……次は逆だからな」
分かってるよ。
そんなことは決まっていることなんだ。
「かなり、酷いことになるぞ」
それも覚悟はできている。
今度の戦いが終わった時、すでに勝敗は決まっていたのだと神様から聞かされた。それに、戦いは遠い将来になるだろうが、必ず再燃するものだ、と。
そしてその時、滅びるのは天使の側だ。
「それにオレは……赤ん坊なんて拾って帰らないからな」
そう言うと、悪魔くんはうつむいて自分の指先を見た。
「それでもいいよ。悪魔くんは、悪魔くんのやるべきことをしてくれれば」
「無力な赤子のままで、永遠にその場にとどまることになろうとも、か?」
「神様がそうお望みになるのならば」
僕はあえて明るく言い足す。
「他の天使がまた、つかわされるはずだよ。悪魔くんと一緒にお茶くらいできるようになると、いいけど」
少し気づまりな沈黙に包まれる。
ぼくはカップを持ち上げて言ってみた。
「替わろうか」
「えっ」
悪魔くんが、本当にびっくりしたようにこちらを見た。
完全に素だ。
「もう悪魔がイヤになったんじゃないの? いくらそういう役割だからってさ、何だかキミの方が、いつも哀しい顔をしてる気がする。少しでもキミの心が軽くなるんだったら、楽しくなるんだったら、ぼくは――」
「つまんねえコト言うな。バカ」
強くさえぎられてしまった。
また下を向いた悪魔くん。
ずっと、ことばがない。
ぼくはようやく気がついた。悪魔くんたら――。
「涙が出てる」
悪魔くんのストレートな黒髪の下から、透き通った水滴がぽつりぽつりと、組んだままの手に落ちていた。
「やっぱり、涙、透明だったんだね」
「誰にも言うなよ」
「言わないよ」
だいぶたってから、悪魔くんが立ち上がった。
瞳はもう、乾いていた。
「やっぱり、見つけたら拾ってきてやる」
ぼくが生まれ変わったら、というさっきの話の続きらしい。
「少なくとも、オマエよりは子育てが上手なことを証明しちゃる。第一オマエ、ミルクがいつもぬる過ぎなんだよ」
ようやくいつもの口調に戻った。
そうしてそのまま、ぼくが神様からもらって大切に取っておいたあの都市を覗きに行ったので
「ちょっと……またいじるの? せっかく苦労して、サラ金看板だけは駆除したのに」
つい責め口調になりながらボクも後を追う。
悪魔くん、都市の中に手を突っ込んで、
「ほら」
真ん丸でまっ白いモノをひとつ、取り出した。
「あっ」
都市がタマゴを産んでいた。
「悪魔くん……だましたな」
ぼくは彼をにらみつけた。でも目は笑ってしまう。
悪魔くんも笑っていた。かなり、爽やかに。
たまごをふんわりと両手で抱えて。
そして言った。
「サプラーーーイズ!」
やっぱり友だちどうしなんだ、ぼくたち。
理由はなぜだか分からないけれど。
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