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5 カモかも。
今日は悪魔くんがぼくの家に遊びに来ている。でも……
「あ、どーぞこちらにお上がりくださいー」
玄関のほうで、妙に間の抜けた悪魔くんの声が聞こえてきた。
勝手に誰かをぼくの家に上げているんだ!
悪魔くんは、後ろを振り返りつつ、少し腰をかがめながらこちらにやってきた。
「むさくるしいトコロですみませんねーホント」
むさくるしくて、悪かったですね。
悪魔くんの後ろから、おずおずとついて来たのは、一人の亡霊。
「おじゃま、します」
亡霊にしては、なかなか遠慮深い。
笑顔に見えなくもない口の曲げ方をして、不安げにあちこち見まわしている。
暖炉のそばのソファまで、亡霊を案内した悪魔くんは、
「じゃ、お茶入れて来ますんデ」
と、前髪の奥の目をキラキラさせて、もみ手をしながら台所へと消えた。
暖炉の中で火が燃える、かすかな響き。薪のはぜる音。
「あの……」
小さな声が、少し離れたぼくのところに届いた。
「ここ、どこですか」
「えっと……おたく、どちらさま?」
亡霊は、答えられなかった。
死ぬ前のことをまるっきり覚えていないようだ。
たまにそういうタイプの亡霊もいる。
ぼくは近づいて、そっとその亡霊に手をふれた。
どんどん流れてくる、そのこころ。
生前のこの人が、どんな人生を歩んだかが見えてくる。
元ニンゲン。男。
ああ、なんてひどい。この男は生前、絶対的な権力者で、泣いて命乞いする弱い者たちをあっけなく切り殺し、懸命に抵抗する強い者たちをじわじわとなぶり殺したんだ。
「悪魔くんに、なんでついて来ちゃったんですか」
「なんででしょう」
亡霊は首をかしげた。
「……やさしかったから?」
そこに悪魔くんが、鮮やかなオレンジ色のマグカップを持って戻ってきた。
カップからは湯気がほわほわと立ち上っている。
「お待たせしましたぁ。あったかいお茶、お持ちしましたぁ。一気にどうぞ、はい!」
悪魔くんの掛け声とともに、亡霊はぐいとカップをかたむけて、一気にお茶を飲み干した。
すると、見る間に……その姿は震えながら縮みはじめた。
まるで空気の抜けていく風船だ。
しゅんしゅん、と勢いよく縮み、ついには悪魔くんの目の前で、一つの小さな黒いかたまりとなった。
かたまりが床に落ちるせつな、悪魔くんは、さっと左手を出してそれをつかみ取った。
床に落ちようとしていたオレンジ色のカップも、
「おおっとセーフ、お気に入りなんだこれ」
器用に右手ですくい取り、テーブルに慎重に乗せた。
「うまくできた。これはいいな」
縮んでかたまった幽霊を、両手で交互に転がす悪魔くん。
悪魔くんは時々、地上から連れてくる亡霊をこうして『固形燃料』に作りかえる。
そうして、暖炉の焚きつけに使っているんだ。
「おお、良く燃えるわ」
暖炉に放り込んだとたん、白く美しい炎がぼお、と立ち昇った。
ぼくらはそれに見入った。
悪魔くんによると、最後の最後まで邪悪だったニンゲンは、このように綺麗な炭になって激しく燃えるのだそうだ。
そういうニンゲンは実のところ、悪魔くんのことなんて愛していないらしい。
自分自身しか愛さないその頑なさが、強くかたい、良質の燃料になる資質なのだという。
燃え尽きる瞬間、亡霊の燃料は、まるで重い貨車が急ブレーキで止まるような物凄い悲鳴を発した。
「この音は、ダンマツマっていうんだ。美しい音楽だろ?」
炎の照り返しの中、悪魔くんの頬は紅潮していた。
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