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8 ある風の強い日に
びゅん、と吹き飛ばされて、ぼくは落ちた――と後から聞いた。
目が覚めると、知らないおじいさんとおばあさん、それから可愛い女の子が一人。
「気がついたようじゃよ、ばあさん」おじいさんの穏やかな声が耳に届いた。
その声に応じて、そっと差し出されるおばあさんの手には、厚くて少し不格好な木のお椀。
「ほら、飲みなさいな」
そっと口に含む。甘く冷たい水。
ひんやりと唇から舌、そしてのどにすらりと落ちていく。
「急ぐんじゃないよ、ぼうや」
そうおばあさんが言ってくれたけど、ぼくは夢中で飲みほした。
「あわてなさんな。足りなきゃ、また井戸から汲んでくるからさ」
「きれいな人ね。どこから来たのか、覚えてないの?」
女の子が聞いた。
ぼくは首を横にふる。
「あなた、突然ここに倒れていたのよ、まるで天から落ちてきたみたいに。お名前は?」
それも分からない。
辺りを見回すと、質素な差しかけ小屋みたいな家。
余分なものはなくて、きっちりと片付いている。
三人の服はぼろぼろで、つぎ当てだらけの洗いざらし。
それでも、どこかこざっぱりとした身なりだった。
「その子はもうだいじょうぶそうだで、わしらは畑に行って来るよ」
おじいさんとおばあさんは、鍬を持ってでかけていった。
「わたし、水を汲んでくる」
女の子の、いつもの仕事なんだろう。
ぼくもあわてて立ち上がる。
「てつだうよ」
女の子はにっこり笑った。
「口がきけるんだ、よかった」
それからぼくは灰色の服をもらって、彼らと一緒に暮らした。
ぼくは髪の毛がもしゃもしゃだったから、「鳥の巣さん」と呼ばれた。
朝は日の出と共に起きる。
夜は日が落ちて少ししたら眠る。
毎日少しずつ、
畑を耕し、
種を蒔き、
草を刈り、
鶏を育て、
牛の乳を搾り、
水を汲み、
作物をとり入れ、
簡素な食事に感謝の祈りを捧げた。
ある日。
家の脇に広がる森の端、いっとう大きな樹の根元に黒い人影が見えた。
「何してんだよ、オマエそんなところで」
懐かしい声。前髪をかきあげたその目は、優しく笑っていた。
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