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こうして私は片想いのまま数ヶ月間、彼の姿を一目見るべく毎朝早朝から彼と出逢った三両目の車両に乗り込んでいた。
『これが私の譲れない理由だ』
それでもあの日以来彼に注ぐ視線虚しく、一言も話すことは無い日々が続き、更に追い打ちをかけるようにここ数日車両には彼の姿は無かった。それでも私は幸せだった。見かけた時は彼の表情を脳裏に焼き付け、会えない時でもいるかもしれない、そう考えるだけで気持ちが高揚していたからだ。
そんな矢先、私にとって掛け替えのない想い出の場所で痴漢に遭ったのだ。
「もおっ! 時間が経てばたつほど許せなくなってきたっ。絶対に犯人を捕まえてやる」
メラメラと闘志を抱き始めた心愛とは逆に、意外にも雪乃は冷静に事態を分析する。
「感情的になったら負けるよっ」
「えっ??」
共に協力し戦う同士だと思っていた彼女の言葉を耳に思わず天にあげた右腕を下ろせなくなる。
「相手はきっと常習犯だよ。だって降りる間際に触るなんて卑怯者に違いない。真面に勝負しても勝てないよ、きっと」
コートの中で戦略的プレイを行う様に、雪乃は冷静に作戦を練り勝負に出ようと告げる。
「大人を巻き込もうっ。そうだよ。駅員や警察、社会のルールを無視した大人には社会のルールで制裁を――」
彼女の言葉は正論だった。
だけど……、私はどうしても被害に遭った事実を知らない人達に語る気持ちになる事が出来なかった。
『痴漢された女……、
そんなレッテルを貼られ生きていくのは――』
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