被害者

2/5
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
 薄いブラウンに染め上げた真っすぐ肩まで伸びる髪、入学当初はキャメルカラーのブレザーと胸元の可愛げな赤いアクセントリボンの制服姿に憧れ通学していたが、今ではワンサイズ大きめのスクールニットを着込み第二ボタンまで外したラフなユルギャル制服姿がお気に入りだ。  揺れ動く車内、トンネルをくぐる都度ガラスに映る自らの姿がとても愛おしく思える中、ふと視線をおろす。 『スカート三回折りはちょっと短くしすぎたかな』  車内男性客の視線を時折感じながらグレーベースのチェック柄スカートをひらひらと泳がせる。 『ジロジロ見ないでよ、エロオヤジ。明日は二回折に戻そっ』  都会と異なり女性専用の気の利いた車両などなく、いつもの時間同じ先頭から三番目の車両に心愛(ここな)は乗り込んでいた。通い慣れた電車通学、最寄り駅こそ人影は少ないものの都心へと近づくにつれ車内は混み合いを見せ始めてゆく。 「間もなく鶯谷(うぐいすだに)駅に到着致します。右側の扉開きます。お降りの際はお忘れ物のないように――」  穏やかな車掌のいつものアナウンスを合図に心愛(ここな)は、フェルトで作られた手縫いのウサギをぶら下げた鞄を胸に抱きかかえ小さな声を絞り出す。 「すみません……。降ります――」  その声は電車が止まるブレーキ音にかき消されるが何ら問題はない。  目の前に立つシワだらけのスーツ姿のハゲ親父。背後に立つだけで加齢臭をプンプンと漂わせる小柄な男。一緒に歩くなんて百万円積まれてもお断りだが、この時だけは都合がいい。 そう、このハゲ親父こそ唯一混み合う車内から同じ駅で下車する存在なのだ。彼を盾にしながら背後に続くだけで悠々と通勤ラッシュから抜け出せるのである。 「おります、降ります! 私、ここで降りるのです!!」  いつもの様にハゲ星人がコールを連呼するとドア付近の乗客は舌打ちしながら一旦ホームへと移動する。その僅かに開けた空間目指しハゲ星人は突き進み、親鳥を追いかける健気なヒヨコの私は息を止め歩むだけで無事ホームへとたどり着くのである。ほんの数秒息を止めるのは加齢臭を吸わない自己防衛だ。 『見てくれは悪いが、言わば私の召使。今朝もご苦労様』  そして今日も姫を無事にホームまで……、の筈だった――。 「えっ……」    
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!