初恋

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 想定外の男の叫び、酒臭い異臭とは異なる爽やかな柔軟剤の香りが全身を包み込み思わず両目を薄っすらと開けると目の前には見覚えのある紺色制服のブレザー。  この時彼はドア付近に立つ私の身を守るかのように、座席から立ち上がり二人の僅かな間に入り込んでいた。 「お前ぇ、△□✕□〇$#&△」  呂律(ろれつ)の回らない男の声は意味不明な言葉を放ちながらも何処か弱々しい。  大きく見開いた瞳で彼の背中をじっと見つめる。その後ろ姿は私よりもずっと高くずっと……、ずっと……。 酔っ払いの男も座っているただの学生だと思っていたのが、百八十センチを超える大きな背と筋肉質な体格に恐れを成し酔いが醒めたのだろうか、意味不明の言葉を呟きながら偶然到着し開かれたドアから駅のホームへと逃げる様に姿を消した。 『無意識だった――』  あの時私は見ず知らずの彼のブレザーの袖を背後から掴みギュッと握りしめていた。 『それはきっと怖かったからだと思う。幼い子供が両親の手をギュッと握りしめ安心するかの様に……』 この瞬間、自己犠牲をしてまでも他人を守ろうとした彼の大きな背中をじっと見つめ心の奥が熱くなる。 『そう、私は彼に恋をした――』
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