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<廉side>
俺の後ろでは車が忙しなく行きかっていて、俺のすぐそばを沢山の人が通り過ぎていく。
誰も立ち止まっている僕のことを気にかけたりなんかしない。
東京の街中、ビルの群れの中、青い空の下。
何ら変わりない世界しか目の前にはない。
ここに来たからといって、一体何が変わるというのだろうか。
大きな門の奥に見える大きな建物。
白い無機質なそれを見て、俺はため息を一つ零した。
そびえ立っている門の横、門標部分に書かれているのはその建物の名前。
都立石動(いするぎ)総合病院。
初めてここを訪れた人で、病院の名前が読めた人は数少ないという事でも有名な病院だ。
総合病院というだけあって建物も大きいし、色々な設備が整っているらしく、治療技術もとても高いと定評もある。
俺は今、そんな病院の入り口の前に立っている。
本当はこんな所で立ち止まっていないで、この門をくぐって奥に見える自動ドアへと歩いていくべきなんだけど…。
「はぁ…」
正直に言うと、病院は好きじゃない。
子供の頃に注射が嫌いだったとか、子供の頃に大怪我をしたとか、そんな経験があるわけではないし、むしろ病院内では大人しかった方だと思う。
小さい頃は病院の知識が全くなかったから、逆に怖くなかったのかもしれない。
泣きわめいた記憶もないし、先生や看護師さんを困らせた記憶もない。
でも、どうしてもこの無機質な感じが受け入れられなかった。
清潔感を損なってはいけないから仕方ないのだけど、建物も真っ白で、蛍光灯も真っ白で、医療従事者の服も真っ白で。
幼い頃の俺には、それが”純”ではなくて”無”に感じられてしまった。
それ以来、病院に来ても”何も無い”、”何も変わらない”のだと思えてしまってならなかった。
何度か意識を変えてみようと頑張ってみたこともあったけど、結局変えることは出来なかった。
俺の口からは、またため息が零れ落ちる。
行きたくないし、いっそ家に帰りたいけど、何時間も悩んで行こうと自分の意志で決めたのだし。
決心が鈍ってもいけないからと昨日予約もしてしまったし。
重たい足取りながらも、俺はしぶしぶ自動ドアへと続く道に足を向けた。
もうあと十数歩歩けば、“無”の世界の玄関だ。
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