39人が本棚に入れています
本棚に追加
その晩の食事はだし巻き卵と、なぜか親子丼の具の卵とじと肉じゃがをトルティーヤで食べるという変形コンボで。そしてちゃんと豚汁付きだったり。
美味かったし家族には好評だったが、俺としては残っていた羊のシチューを温めた物のほうが嬉しかった。だってだし巻き玉子は日本に帰れば食えるから。せっかくだからここではナバホのメシが食いたい。
「お兄ちゃん、シロダシとメンツユは半分置いていってね」
「醤油と味噌は?」
「使い方がまだよくわかんない。でもダシマキタマゴは覚えた!美味しいからまた作る!」
すごいなティファ、ほんの数回でだし巻き卵を覚えたんだ。
「みそ汁は身体に良いんだぞ、具はなんだって良いんだ。こんな風に残り物の野菜とか豚肉とかで作ると美味い。やってみろ、鶏肉と玉ねぎの卵とじもメモを残してってやる」
「うん!」
今日の豚汁も確かに美味い。ナバホのモルダー家に日本食の文化が根付きそうだ。
「最近はギャラップの大きめなスーパーでも醤油とか味噌とか豆腐とかの日本食材が買えると聞いた。もしティファが使いこなせたら料理のレパートリーが広がるぞ、今はネットにも色々レシピがあるからな」
「うん、頑張る。パパとじいちゃまに美味しいもの食べさせたいの。日本食って身体に良くてヘルシーなのよね、二人に長生きして欲しいから」
ティファが日本食に目覚めたらそれはそれで良いけど、半分日本人の俺が何もできないのはやはりちょっと情けないかも。やはり俺も料理くらい〜以下同文。
みんなで食事を終えた後も、じいちゃんはずっと俺の成長アルバムを眺めていた。じっくり見てるからなかなか進まないけど、そろそろ高校を卒業したくらいか。
「じいちゃま、楽しい?」
ティファがじいちゃんの顔を覗き込む。
「ああティ、とても楽しいよ。小さなタクミがこんなに成長するまでの歴史が詰まっている」
さっき俺もTAKUMI・1とタイトルを打たれたアルバムをパラパラめくったら、最初の方のページには俺が出雲家に引き取られた初日に、昂輝と取っ組み合いのケンカをして見事に投げられている場面だった。
もちろん合気道だしケガはしなかったけど、これもまた母ちゃんの撮影に違いない。写真のタイトルは『Brother fight』まんま兄弟ケンカだ。
そんなものから始まって、日常の風景は食事から入浴、家族に連れられてのピクニックや散歩、本当にどうでもいいような写真もいっぱいある。
けど、そこにはさすがに無かったのは保護されたばかりの俺の写真。俺は保護された頃には時々四つん這いで歩く幼児だった。その写真はじいちゃんが悲しむだろうから入れなかったんだな。
話す言葉は無くただ唸るだけ、その頃のことは割と覚えている。なんで俺に構ってくるんだ、放っておいてくれっていつも思っていた。
食事は手づかみどころか直接食べ物に口をつける犬食いだったし、風呂も最初は大嫌いだった。服なんか何を着せられても即座にビリビリと破いていたくらい。
それを家族のみんな、主に昂輝とカナ姉が世話を焼いてくれて、俺を少しづつ人間に戻してくれたんだ。
暴れる俺をただ押さえつけるだけじゃなく、力尽きるまで暴れることに付き合ってくれた昂輝と父ちゃん。
「拓海は人間だよ」と言い続けて、根気よく俺にスプーンやフォークの使い方を教えてくれた母ちゃんとばあちゃん。文字や言葉を繰り返し教えてくれたのはカナ姉ちゃん、大きくなった頃には箸も教えてくれた。
俺を優しく背負って外に連れ出してくれたのは、アルじいちゃんが多かった。仕事の忙しい人だったのに、出張から帰ると必ず俺達と遊んでくれた。
じいちゃんの背中で見た、当時住んでいた田舎のきれいな緑の風景は今もちゃんと覚えている。
本当に出雲の家族に愛された事しか思い出せない。
「この可愛い子がミネだね、いつもタクミと一緒だ」
じいちゃんが指さしているのは高校の卒業の日に二人で家の前で撮った写真だ。最後の学生服だから記念にって母ちゃんが撮ってくれた。
「可愛い娘だ、タクミより年上か」
あれ?俺はそれはじいちゃんに言ってないけど。
「タクミを心から愛している、ミネはタクミに出逢うために生まれてきた魂だ」
「じいちゃん」
そういえばじいちゃんは元はナバホ支族の首長の一人で、シャーマンの力を持っている人だったと聞いたな。
じいちゃんには美音が視えているんだ。
「エルスと同じ絵を描く者だと聞いた。だが彼女は大丈夫だ、ミネの命は常にタクミと共にある」
「うん、ありがとうじいちゃん」
美音は俺の命だから、ずっと大切に護っていくよ。
「エルスの部屋にあるおもちゃは持って帰れそうか?」
「え?まだ早いでしょ」
俺の子供がすぐに生まれるわけじゃなし。
「そうでもないと思う。あれはお前の家族を護るエルスの護符だ、持って帰れ」
「分かった」
そうでもないって、それは何時?
まぁ良いや、結構数があったけど頑張って持って帰ろう。次の機会じゃ間に合わないっていうじいちゃんの指示だ。
「じいちゃん、俺なるべく早く金を貯めてまたナバホに来るから。だから元気で待っててくれよ」
「ああ、タクミがひ孫の顔を見せに来てくれるのを楽しみに待ってるよ」
ひ孫と一緒か、それなら結構時間があるってことだよな。
「うん分かった、頑張るから」
この場合何をだ(笑)まぁ、色々頑張ろう。
「タクミの成人式の写真が出来たぞ」
店舗の方に行っていたアレックスが、束になったポストカードサイズのプリントを持って戻ってきた。店のプリンターを使っていたのか、結構大量だな。
「わぁ、見せて見せて!ミネのオキモノが見たい〜!」
おっと、やっぱり興味はそこか。さすが女子だ。日本からの荷物に入ってた和柄のスカーフやTシャツも喜んでいたな。
「じいちゃん、タクミのカウボーイ・スタイルだ」
その中の数枚がじいちゃんに手渡される。
「ああ、立派だタクミ。アレックスも」
俺とアレックスが正装で一緒に撮ったものだ。その言葉にレオ伯父さんが写真を覗き込む。
「それを貸してくれ、ジェニファに見せたい」
手にとってリビングのジェニファおばさんの写真のところに行く伯父さんだった。
更にめくって行くうちに、美音がナバホの服装で撮ったものも出てきた。じいちゃんが目を細める。
「優しい娘だ、タクミと揃いの鷲の羽がよく似合う。まるでもう夫婦のようだ」
じいちゃんのこの言葉をあとで美音に伝えてあげよう。
「タクミ、これが日本の男性の正装なの?まるで映画に出てくるサムライみたいね!」
その紋付き袴は妥協無しの莉緒菜おばさんのプロデュースだからな。この長い髪も結んでいたからまんまサムライだった。宴会参加者にもおおむね好評。
「ちゃんと鷲の羽は着けているのだな。とても似合うぞ」
はい、そこは拘りました。その羽はとても気に入っています。
「じい様、その羽はカイさんのお師匠様が用意して下さったんだよ。カイさんの親同然の方だそうだ。タクミもミネもとても可愛がられている、俺も合気道の稽古をつけていただいたんだ」
「ほう、それはどの方だい?」
「その写真、この美しい人だ」
アレックスの示した写真を手に取るじいちゃん。晴れ着の美音と一緒に撮ったものだ。美音の右手にうちのばあちゃん、左手に莉緒菜おばさんだ。
「不思議な魂の色をされている方だな。男と女の魂の色を両方備えている。そのどちらも美しい」
さすがじいちゃんは分かっているのか、俺はそれをアレックスに説明するのが大変だったよ。
うちの父ちゃん、おばさんを絶対に莉緒菜師匠って呼ばないんだもん。「師匠」としか呼ばないんだよね。(以前は孝蔵師匠と呼んでは殴られていた)
アレックスはアメリカで、うちの父ちゃんの師匠が東堂孝蔵って天武流の師範だって話を聞いてきた筈なのに孝蔵さんはどこにもいない。
代わりにいるのは莉緒菜師匠の訳だ。あの時、説明が面倒だった〜
「うん、美しいバランスの魂だ。まるでバイカラーの宝石のようだ」
じいちゃんの言葉がなかなか的を得ているのではないかと思った。
スリランカ産・バイカラーサファイヤ
最初のコメントを投稿しよう!