七 仮面舞踏会

1/4
13360人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ

七 仮面舞踏会

「さあ。参りますよ?お姫様」 「はあ、緊張してきました」 会場のそばの清子。隣に立つ秋山を見上げた。 「大丈夫、君は私のそばにいればいいから」 横浜の晩餐館。指名手配の山中が参加するという情報。これを聞いた秋山は、心痛むが任務のため、彼を唯一知る清子を同伴させ夜会に参加していた。 秋山が警察関係者とはわかっている清子。それに秋山にはアイクを檻から出してしまった時、助けてもらった恩がある。さらに山中を知っているのは自分だけと言われれば、協力したいと思っていた。 タキシードの秋山。それの妻という設定の清子。親子のほどの年齢の差であるが。今回はある作戦があった。 「そろそろ。付けようか。はい、これだよ」 「……派手ですけど、本当にこれですか?」 「ああ。どれ、私が付けてあげよう」 人力車の中。秋山は清子に仮面をつけてくれた。実は今夜は仮面舞踏会というもの。こういう会では主に女性がつけており、たまに若い男性も装着して場を盛り上げる趣向である。これは目の付近だけ隠すもの。羽がついた西洋の仮面。今夜の濃紺のドレスによく似合っていた。 「もう一度説明するよ?今夜の集まりは横浜の財界の集まりなんだ」 「秋山さんは、石油の貿易の会社ってことで、私は奥さんですよね」 「そう。ちょっと歳が離れているけどね」 恥ずかしそうな秋山。この冗談に清子は微笑んだ。 「でも。秋山さんはお若いし。私もこのお面をつけているのでわかりませんよ」 「慰めをありがとう。それはそうと。早速だけど、作戦を続けるよ」 横浜の夕刻の繁華街。道ゆく人は会社帰りか、飲み屋に行く人か。華やかな街、煌めくネオン。人力車を引くのは秋山の仲間。彼は真顔で続けた。 「今夜は山中が出席するはずだ。我々はこれを追跡して確保したい。だから君にどれが山中か、教えて欲しいんだ」 「わかりました」 「でもいいかい?決して無理をしないように」 「はい。それに、ケニーさんもいるんですよね」 「ああ」 ウェイターとして会場にいる約束のケニー。他にも仲間がいるようだが、清子は仲間の顔を知らない。とにかく山中を見つけたら、秋山かケニーに知らせる。それが清子の任務だった。 ……できるかどうか、わからないけど。せめてご恩を返したいもの。 台風が去った夏の終わり。このサーカス一家は次の公演のために横浜を去ってしまう。お世話になったお礼がしたい清子。自分にしかできない山中の発見。これを頑張ろうとしていた。 「私でもケニーでもいい。山中を教えてくれればいい。その後、君は危険だから。この人力車で帰って欲しい」 「承知しました。ああ。でも緊張してきたわ」 今宵の清子。秋山の妻という体裁。実際の年齢では幼く見えてしまう。このためいつもとは違う雰囲気。濃紺のレースのドレス。年齢よりも年上で、どこか大人の雰囲気だった。夜会巻きの髪、白い肌に薄く引いた紅が映えていた。最近、サーカスで力仕事をしていたせいか、背筋もスッと伸びていた清子。少女というよりも、知的で美しい印象の女性に仕上がっていた。 ……婆婆め。ここまで化粧をしなくてもよかったのに。 サーカスの老婆は秋山の裏の仕事を知っている。今回の化粧はこの婆婆の手伝いのおかげであった。秋山の隣の清子、美しい淑女となっていた。彼はそっと清子のレースの手袋の手を掴んだ。 「緊張しないでくれ?俺まで緊張して来るよ」 「まあ。秋山さんでも緊張するんですか?」 「ひどいな?」 やがて笑顔の二人。会場に到着した。そこには財界人が既に集まっていた。 「うわ。すごい」 「さあ行くよ?清子、あ?違ったね。今夜の君は清子じゃなかった」 偽名を使おうとなっており、清子はナミとなっていた。これは函館の海からなるもの。秋山、そっと腕を出した。 「では行こうか?僕の愛するナミ?」 「ええ、ジョーさん」 親子ほど歳の離れた二人。打倒山中のため。夜の社交会に足を踏み入れた。受付を済ませた二人。会場に入った。そこは別世界だった。 ……うわ。札幌とは全然、雰囲気が違うわ。 清子は札幌や函館で同様の夜会に出たことがある。しかし、その規模や豪華さがここでは桁外れである。参加者の男性の威厳のある姿、女性のその美しさ。身のこなしは筋金入り。まだ不慣れな清子は思わず息を呑んだ。 「どうするナミ?やはり帰ろうか?」 「まあ、弱気なんて。ジョーさんがそれでどうするんですか?あ、あの人が呼んでいますよ」 「おっと。さあ。一発目の挨拶だよ」 お茶目に目くばせした秋山。やってきた夫婦に挨拶し、腕を組んでいた清子を紹介した。 「妻のナミです」 「初めまして。主人がいつもお世話になっております」 「いやいや。こんな奥さんがいたとは?君も隅に置けないね」 そう言って秋山の肩を叩く恰幅の良い頭の禿げた中年殿方。相手の奥さん。素晴らしいスタイルの女性で仮面をつけていた。奥方は清子を品定めするように見下し出していた。 「本当に……こんなにお若いなんて。秋山さんもやるわね」 「恐れ入ります」 「あ?そうだ。先日のアラブ石油の新しいタンクの件ですが」 仕事の話になった男性。清子は奥方と二人きりになった。 「それにしても、あんな年の離れた男性と結婚なんて。すごいわね」 「え、ええ。私などをもらっていただいて、感謝しております」 「へえ」 この女性も話をしていると、彼女も年齢差がある様子。互いに仮面をしているので詳しくはわからないが彼女は清子をジロジロと見ていた。 「秋山さんはもう六十のはずよ。あなたは?まだ十代じゃないの?」 「いいえ。そこまでは」 本当は十代。本当の年齢の差を言ったら面倒。清子は必死に誤魔化した。 彼女は遠くを見ていた。 「……まあ、老ぼれと結婚すれば、すぐに遺産が入るものね。私ももっと歳が上の人にすればよかったな」 「え」 「ふふふ。お互い頑張りましょう。あ?あなた。お酒を持ってきましょうか」 話が終わった二人。奥方は夫に強い酒を用意していた。他のも手の皿には豪華な食事。大きな腹の夫は嬉しそうに受け取っていた。 「ナミ。さあ、他の人に挨拶だ」 「はい」 二人から離れた秋山と清子。黙っている清子に秋山は小さく話した。 「気にするな。あの奥方は金目当てだが、それは彼も知っているんだ」 「え」 「……彼はあれでも強かな実業家だよ。財産は全て前妻の子供に相続させている。あの美人妻は、四人目。利用しているようで、利用されているってことさ」 「寂しいですね」 仲睦まじく食事をしている先程の夫婦。しかし腹の中は全く違うこと。まだ結婚をしたことがなかった清子。悲しく見つめていた。 「そうかい?彼らはあれで条件が合っているんだ。私たちがとやかくいう話じゃないよ」 「はい」 少し落ち込んでいる清子。秋山そっと顔をのぞきこんだ。 「それよりもお姫様?僕たちの歳の差カップルはどうやら注目の的だ」 「え。あ、そういえば」 みんなこっちを見ている。清子。思わず秋山の腕にしがみついた。 「ははは。世の男性は私に嫌味ばかりだ?君も金目当てとか、財産狙いと言われるぞ」 「もう言われました」 「ははは!今から言い訳を考えておくれよ」 「……私、覚悟ができました。任せてください」 清子、どこか苛立っていた。それは歳の差の結婚のことである。清子と秋山は確かに偽装カップルである。だが、このひどい言われように、世の中の本当の歳の差カップルが気の毒になっていた。 ……本当に愛し合っている人もいるはずなのに。歳が離れているからって。それだけでお金目当てと思うなんて…… そして。秋山は山中を探すためにどんどん清子と一緒に挨拶をして行った。知らない相手も若い清子を見て、驚いていた。夫側は羨ましい。妻側は嫌味を投げてくるというのが続いていたが、その度。清子は反論していた。 「ジョーはとても頼りになります。私、尊敬しているんです」 「ほう」 「でも、親子ほどの年の差ね」 嫌味の奥方。清子。秋山と腕を組みながらはっきり向かった。 「奥様。愛に年齢は関係ありませんわ」 「……あの。お飲み物はいかがですか」 場の空気を切るように。ここで亜麻色の髪のウェイターが割って入ってきた。みんなは飲み物を受け取った。 「おほん!すいません。妻はまだこういう席に慣れてなくて。さあ。ナミ、失礼するよ。ささ」 秋山と腕を組んだ清子。その背後にはトレーを持った彼がいた。三人はそっとカーテンのそばで一息ついた。 「清子。何をしているんだ?先ほどからジョーへの愛の言葉ばかりで」 「え?」 「ケニー。彼女は自覚がないんだよ。どうやら歳の差カップルを応援しているようだ」 「はあ」 呆れれる男性二人。清子、頭を下げた。 「ごめんなさい。つい、興奮してしまって」 「まあいいさ。おかげで本当の夫婦に見えているよ。な?ケニー」 「ふん!」 この作戦に反対だったケニー、ムッとそっぽを向いた。清子、ケニーに謝った。 「あの、私、しっかりやります。探しますので」 「そうだった!で、今まででどうだろう」 「いませんね」 まだ早い時間。これから来るかもしれない。焦らずじっくり挨拶をしていくことにした。秋山、闇雲に挨拶をしているわけではない。彼は山中の身長を把握していた。よってそれらしい背丈の男性に声をかけていた。 彼は変装の可能性もあるため。年齢は問わずに挨拶を続けていたが。やはりそれらしい人はいなかった。 「ナミ。私はちょっと、仲間に知らせて来る。ここにいて」 「はい」 一通り挨拶をしたため。秋山は会場に静かに消えた。清子は壁に寄り添い、一休みをしていた。 その時、ありえない光景が見えた。 「近藤さん。大丈夫ですか?」 「うう。気分が悪い。窓辺で休みたい……」 清子がいる窓辺。そこによく知る男性二人が向かってきた。 ……え?どうしてここにいるの? 「あ。すまない。君。窓を開けてくれないか」 「は、はい」 清子。慌てて窓を開けた。そこに近藤、顔を出した。 「はあ、涼しい。生き返る……」 「やっぱりあれは強いお酒だったんですよ。水を持ってきますか?ええ、とウェイターは」 哲嗣が困っている様子。清子、言われる前にグラスの水を持ってきた。 「どうぞ」 「ありがとう!近藤さん、どうぞ」 「すまない。哲嗣君」 夏の終わりの横浜の夜会。仮面を付けた清子、ドキドキで哲嗣と近藤を見ていた。 つづく
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!