約束なんていらない

1/1
前へ
/1ページ
次へ

約束なんていらない

 中学三年になっても、私は未だ恋というものをしたことがなく、周りの恋愛話はいつも聞き役。  そんな私が夏休みに恋をするなんて、自分自身信じられない今現在。  彼の事を思い出すだけで胸が高鳴り顔が熱くなる。  初めての感情に戸惑ったけど、友達の話や漫画で恋した人の感覚にこんなのがあった。  これは間違いなく恋と呼ばれるもの。  でも、もしかしたら違っているかもしれない。  恋をするとそうなるといっても、鼓動が高鳴ったり顔に熱が集まることなんてそれ以外でもあり得ること。  例えば、走ったとき。  例えば、貧血な私が長湯をしたとき。  そう、これを恋と断言するにはまだ早い。  先ずは確かめる必要がある。  翌日。  私は彼と会った図書館を訪れた。  昨日いたからといって今日もいるとは限らないけど、名前も連絡先も知らないんじゃこれしか方法がない。  取り敢えず歩き回って探すが、昨日いた場所にも、他の棚の列にもその姿はない。  時間も昨日会ったくらいに合わせたんだけど、そんな簡単にはやっぱり会えないみたい。  肩を落とし、今日は諦めて明日また来てみようと思い、折角なので自分の読みたい本を探す。  向かったのは恋愛小説がズラっと並ぶ棚。  気になったのを一冊手にして椅子に座る。  今まで恋愛を少しでも理解しようと思い、恋愛漫画や恋愛小説を何度か読んできたけど、ときめいた事は一度もない。  友達に「これ、めっちゃキュンキュンするよ」と勧められた小説も、恋を知らない私には何のときめきも与えなかった。  なのに、今読んでいるこの小説に私の胸はときめいている。  先が気になってどんどん捲られるページ。  読み終えた時には何とも言えない満足感が心を満たし、他のも読んで見ようと先程の棚に行く。  手にしたのは恋愛小説二冊。  いつになく熱中して読んでいると、あっという間に二冊読み終え、外が暗くなり始めていることに気づく。  そろそろ帰らないとと、二冊の本を手に持ったとき、一瞬目の前の椅子に座っている人物が瞳に映る。  見間違いかと思いながらゆっくり視線を上げると、微笑みを浮かべ、顔の横で片手を振る男の人の姿。  その人物は、まさに今日探していた人。  何故か身体が固まる。  こういうとき、手を振り返せばいいのか。  でも、昨日少しだけ話しただけの人相手にそんな風にして馴れ馴れしくないだろうか。  そんな格闘が脳内で繰り広げられていると、男の人は立ち上がり私の方へ来た。 「昨日ぶりだね。今日も恋愛小説かな」 「は、はい……」  昨日も私は恋愛小説を読みにここへ訪れていた。  たまには、棚の上にあるのも読んでみようとしたが、つま先立ちしても手は本に届かず。  踏み台がないかと、周りをキョロキョロとしても見当たらず困っていたら「はい」と言う声がして振り返った。  そこにいたのは、私と同い年くらいの男の人。  差し出された本は今私が取ろうとしていた恋愛小説。 「キミが取りたかったの、これで合ってるかな?」 「はい、ありがとうございます」  お礼を伝え受け取ると、男の人は「どういたしまして」と笑みを浮かべその場を去った。  その柔らかな笑みが私の脳内に残り、気づけば恋なんじゃないかという今に至る。  でもまさか、こんなに直ぐに会えるなんて思わなかった。  探しには来たものの、そう簡単に会えるわけないし、会ったところで何て声をかければいいのかすらわかっていなかったから。  あんな些細なことを相手が覚えているかもわからなかったのに、まさかその相手から声をかけてもらえるなんて。  今の私の心臓は、今までにないくらい高鳴っていた。 「その手に持っている二冊、よかったら僕にも貸してもらえないかな」  突然の言葉に上手く声が出ず、無言で二冊の本を両手で差し出すと、男の人はそれを受け取り「ありがとう」と笑みを浮かべた。 「今日はこの二冊を借りていくことにするよ。次に会った時に感想教えるね」  そう言って受付に行ってしまう男性。  名前も連絡先も聞けなかった。  でも「次に会ったときに」と言った男の人の言葉が、また会えるという意味に思えて、私は口元を緩める。  約束をしたわけでもないのに。  やっぱり、私のこの気持ちは初めての恋なんだと実感した瞬間だった。 《完》
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加