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たからもの
終業式。
入試で見たときのようにスーツでカッコよくキメた古澤先生を見つめる。
転任先は高校生からすれば遠い。
(もう会えないのか...。)
そう思うとどうしても涙が止まらなかった。
その日の放課後、職員室の外で先生と向かい合って握手する。
「がんばれよ。」
「先生もね。」
そう言ってメールアドレスをもらった。
結果的にいえば、先生とは全くメールが続かなかった。
時間がある女子高生と忙しい社会人。
しかも、先生は私に好意はない。
淡い期待はすぐ打ち消された。
あれから、いくつかの恋をした。
いつもひどく傷つき悲嘆にくれた。
その度に...17歳、全力で人を好きになったことを思い出す。
古澤先生と連絡が取れなかったことは正直落胆した。
でも...でも恋をする度、男の本性を知る度、"あぁ、あれは清い恋のままでよかった。"と思う。
あの甘酸っぱい恋があったから私は立ち直れる。
あんな素敵な思い出があるんだもん、大丈夫と。
まるでその恋は宝物のようで度々宝箱から取り出しては一時眺めた後、心を満たしてから宝箱へ戻す。
30歳を前におかしいとは思う。
だけどそれほど大事だった。
「それで?お前は宝物の中身をもっと知りたいと思わないの?」
「どうですかね。憧れ...ではなかったですけど、純粋な恋心を壊したくはなくて。」
「壊れるって決まったわけじゃないだろ?」
目の前の男は偉そうに物を言っては意地悪な笑みを浮かべる。
「傷ついたりしませんかね?」
「俺のこと好きだろ?」
「...ズルい。」
「俺は昔からこんなんだよ。」
相変わらずカッコいい。
そろそろ宝箱を手放してもいいのかも。
それか...宝物が壊れないよう努力をしよう。
密かに決意するけど素直に答えるのは癪なので。
「お友達からで。」
そう言って握手を交わした。
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