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交流
入学して半年、その時は訪れる。
10月といっても暑さが残っていた朝。
朝会が終わった後、私は更に汗をかくことになった。
「なぁ、梅津。」
朝会が行われた体育館の出口に古澤先生が長い脚を持て余しながら立っており、私に声をかけてきたのである。
「え?私の名前覚えてるんですか?」
授業以外で初めて交わした言葉は何とも情けないものだった。
「そりゃあ、生徒の名前くらい覚えてるよ。それよりさ、お前走ってるだろ?」
「え...。何でそのこと知って...。」
「俺の帰り道だからな。何度か見かけたよ。」
「え?私の姿形わかるんですか?」
「お前なぁ...。教えてる生徒なんだからわかるに決まってるだろ。梅津、優等生なのになんか抜けてるな。
毎日走ってるの?」
「できるだけ毎日...。」
「そっか。なんかうれしいな。」
「どうして古澤先生がうれしいんですか?」
「そりゃあ。体育教師だからに決まってるだろ。生徒が運動に触れてくれるとうれしいよ。」
「なら、がんばります。」
「おう。がんばれよ。」
古澤先生に認識されていた。
それだけで飛び上がるほどうれしかった。
必死の形相な上にどうでもいい格好で走ってるとこを見られていたということに気づいたのはしばらく後の事だった。
それからは、すれ違う度に「昨日走ってたな。」とか「梅津っ!!」と廊下で呼ばれて返事をするとスルーするとか、「何してるんだ?」とか立ち話をするようになった。
古澤先生は意地悪言ったり偉そうにしてたりとにかく子どもっぽかった。
そして、距離がいつも近かった。
私の学校は制服じゃなくて私服だった。
ある日、スポーツメーカーのロゴがついたジャージをキャミの上に羽織っていた時、古澤先生はロゴを見ようとジャージを掴んでロゴを自分に近づけるようにして見た。
傍から見たら胸ぐらを掴まれているような状態だ。
185cmの先生の身長と158cmの私の身長では差がありすぎて先生が屈んだ。
キスできそうな距離に先生の小さな顔があったのを今でも覚えている。
ある日は進路指導室から出てきた先生とバッタリ会った。
挨拶して去ろうとしたら進路を塞ぐように片手で制された。
いわゆる壁ドンの体制だ。
ドキドキし過ぎた私は思わず踵を返す。
そしたら今度は逆の手が私の進路を塞いだ。
(これじゃあ、まるで抱きしめられてるみたい。)
俯く私に「梅津、挨拶はもっと大きくっ。」と意地悪な声が降ってくる。
こんなことされるなら、ますます挨拶する声が小さくなることは安易に予想できた。
そうやって、古澤先生と交流を持った。
自分からはなかなかいけないけど、話しかけられるのがとても幸せだった。
2月になった頃、古澤先生の転任の話を聞いた。
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