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「でもね、別に不幸じゃないよ。やりたいことはやってきたし、外では白杖でなんとかやってるし。視力が弱った代わりに嗅覚が鋭くなって、美味いコーヒーを淹れられるようになったし」
「……」
「誇らしく思うよ。あの小さかった甥っ子が、今やその名を知らない人のいない画家のリョウ・カマクラなんだもの」
「そんな……」
いつのまにか流れ出たしょっぱい涙が、頬をべたべたと汚した。
「そしたらさ、リョウくん」
叔父は、膝に置いていた6色のパステルを差しだした。
「これは、やっぱりきみに持っていてほしいんだ。それで俺の顔を描いてくれないかな。たとえ見えなくても、想像して楽しむから」
「……そんなんで、いいんですか」
喉が引きつり、声が震えた。
「いいも悪いもないよ。家宝にする」
「お安い御用っす」
ソファを鳴らして叔父が立ち上がる。たしかな足取りで、画用紙を取りに奥の部屋へ向かう。
先の丸くなったパステルの橙を、俺は涙を拭った手で握りしめた。
<おわり>
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