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3.ニコ渕
平凛を車に乗せ出発すると、
「ダンナ様、今日はどちらに行くのでしょうか?」
と聞いて来た。
「あ、悪い、何も言ってなかったな。今日は仁淀川の上流に行こうと思ってるんだよ。「ニコ渕」ってところさ」
「さようでございますか…」
いつも静かな平凛だったが、今日はよけいに静かだ…。
高知市からいの町に入り、そこから仁淀川沿いを上流に向けて進む道に入った。左下に仁淀川を見ながら走る、絶好のドライブコースだ。
今日は天気もいいので気持ちよく走れる。眼下の仁淀川の川面がキラキラと太陽の光を反射して、ちょっと幻想的でもある。
メインの道から外れる三叉路に、「ニコ渕」の看板が見えた。これだけ有名なスポットなのに、看板はかなり古びていた。もう少し奇麗にすればいいのにな…。
「平凛はこっちには来たことあるのか?」
ある程度答えはわかってはいたが聞いてみた。
「今日、ダンナ様と来るのが初めてでございます」
と、思った通りの答えが返ってきた。
「そっか…。これからたくさん出かけような。見たことのない場所、たくさんあるぜ?」
とオレは本心で言った。平凛は
「ハイ…」
とだけ答えた…。
支流沿いの道は狭い。対向車が来たら、どちらかがバックしないと通れないほどの道だった。
「こんな道、どれだけ行かないといけないんだろ?オレも初めてだからな~…」
と独り言を言ってカーブを曲がったら、道路左脇にさっきの看板と同じくらいの古さの「ニコ渕駐車場」という看板があって、その近くの道路が少しだけ広くなっていた。
オレは、
「こんな狭い場所が駐車場なのかよ…」
と言いつつ車を停めた。
木でできた矢印のようなものがあり、それはさらに上流方向を向いていたのでオレは平凛と歩いて道を進むと、いきなり階段が現れ、矢印はそっちの方向を指していた。
「どうもここらしいぞ…。しかし、これが新しい階段なのか?!」
と声に出して言ってしまうほどの出来ばえだった…。
どう見ても工事現場に仮に設置された階段としか見えなかったからだった。
平凛はここでも体をくっつけ、腕を組んできたので、オレは「危ないから」と言おうとしたが、先に平凛が、
「怖いです…ダンナ様…」
と言ってしがみついて来たので、オレは何も言えなくなってしまった…。
ゆらゆら揺れる長い階段を降りると、川幅約10mの川に下りた。半分くらいが川原だったので、上流に歩くことにし、少し歩くと滝を見つけ、そこに行くと、その滝つぼの色に圧倒された。
水はどこまでも透明なのに、上から見ると深い青色にしか見えない。川底をその色で全部塗っているような錯覚に陥った。
あの感情を出さない平凛が、
「うわぁ~キレイ!…こんなの初めて!」
と感想を言った。おそらくここを初めて見た人は、全く同じことを言うに違いない。
「どうだ?平凛。キレイだろ?オレも初めて見るんだが、写真とは違っててびっくりだよ」
「はい…キレイ…です…」
それ以上の言葉は必要なかった…。
帰り道、「高知アイス」の経営する喫茶店に寄り、スイーツを食べてから帰路についた。
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