有力な容疑者

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有力な容疑者

「雪の日の茶室で殺人、か。まるで推理小説だな」  暗闇の中、窓ガラスの向こうで白くちらつく雪の影をながめて彼はぼやいた。 「鑑識に足跡を調べて欲しいところだが、この雪では残っていないだろう」  よくあるお約束だ。  取り調べた全員がアリバイを主張し、自分は茶室に行っていないと否定していることまで含めて。 「そうでもなさそうですよ」  部下の一人が近づいてきた。 「被害者(ガイシャ)も、身の危険を感じていたんじゃないですかね。  今日話題にのぼったという遺産の分配ですが……これ、特定の相手を挑発していたんじゃないでしょうか」  聞き取りによると、今の妻は被害者より30才も年下だという。愛人から正妻におさまった経緯があり、明らかに財産目当てだったが、その性格の良さで周囲に受け入れられていったそうだ。  一方、陰では使用人に厳しいことや、過去には有能な部下との不貞を囁かれたこともあるが、持ち前の話術の巧みさ、そして証拠のなさから、いつもうやむやになっていた。  他の者なら禍根を残すようなトラブルでも、彼女の前ではいつのまにかなかったことになってしまう不思議な魅力があり、養子も彼女に対しては強く出られないという。  しかし今夜の会食で告げられた話では、明らかに彼女の分が少ないことに他の親族達も驚いていたという。 「つまり、動機の面では今の妻が有力な容疑者ということか。前妻は?」 「離婚後に病気で死亡していますね。  入院し、最期に会いたいと連絡があったのを、今の奥さんが握りつぶしたという噂です」 「なるほど。二人の間に子供は?」 「前妻との間に一人。ただ、今日は招待されていません。  ……こちらも、以前勤めていた先でトラブルがあったのを、やはり奥さんが会長の耳に入れないようにしていたそうで」 「アリバイは?」 「みなさんが雪で足止めされていたため、会食の後は使用人と一緒に片付けやもてなし、宿泊の準備をしていたと。茶室には行っていない、と主張しています」  ふむ、と警視は頷いた。 「それで? 被害者は何か情報を残していたのか?」 「それなんですが」  部下は声をひそめた。
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