6人が本棚に入れています
本棚に追加
「いいのよ、カバンに入る?」
五時を大幅に過ぎているのに、司書はにこにこしながら貸し出しの手続きをしてくれた。五冊の本を受け取りながら、唯は小春に声をかけるのだと決めていた。途中まで一緒に帰らない――そう声をかける。きっと小春はいやがったり勿体ぶったりしない。そう確信した唯の心臓は、カバンに本をしまう間にも激しく打ちはじめていた。
声をかける、声をかける、声をかける――決意し歯を食いしばりはじめた唯の背中に、小春が声をかけて来た。
「あの、や、山城さん」
振り返ると、小春は痛々しくなるほど強く胸元で手をにぎっていた。
「よかったら……い、一緒に、途中まで」
つっかえながらの誘いに、唯は笑顔を浮かべる。
ふたりは一緒に校門をくぐり、一緒に角を曲がり、縁石で肩を並べ足を休めておしゃべりをした。おたがい言葉が慎重すぎて、はじめは会話にならなかった。だが共通の話題があれば、会話はスムーズになる――いままでに読んだ本のタイトルは、最高の潤滑油になった。
「ふたりともなにしてるの、まだ帰ってなかったの?」
校舎から出て来た司書が目を丸くする。
「おしゃべりは明日にしたら? はやく帰りなさいね」
はぁい、とふたりして間延びした声を出し、名残惜しい気持ちを胸に手を振り合った。
暗い道を慌てて走って帰るなか、唯は小春を好きになっていることに気がついていた。
最初のコメントを投稿しよう!