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唯ちゃんが、冷静になってくれますように。
玄関で物音がした。おばさんが帰って来て、小春は立ち上がる。
「お邪魔してすみませんでした」
お金を払う、いらない、と押し問答になって、結局おばさんが折れた。小春の財布の五百円玉をつまみ上げ、
「これで十分だから」
受け取った袋を見ると、かかった金額は五百円どころではなさそうだ。抗議しようとした小春の背中を押し、今度は家まで送るという。さすがにそれは断りたかった――無断で持ち出そうというものが、エコバックに入っている。
ていねいに断ると、おばさんはじゃあせめて下まで、とマンションのポーチまで送ってくれた。
手を振って見送ってくれるおばさんに頭を下げ、泥棒をしてすみません、と小春は胸で謝罪する。
帰宅するまでの十五分ていどの道のり、小春は途中から走った。泥棒しちゃった、泥棒しちゃったと、いまになって大それたことをしたと痛感する。
走ると頭痛がし、ふわついた感覚の足は雲の上を進むようで頼りない。心拍数が急上昇した。身体の内側から叩かれているような激しさだ。
呼吸がままならなくなった小春は咳きこんだ。今度は吐き気を催した。涙を目に浮かべ、道のはじで呼吸を整える。
ふと家を遠くに感じた。
このまま家に着かないのでは――ノートを持っている限り、帰れないのではないか。
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