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かすれた声が出ていた。礼儀正しく振る舞う泥棒。ずっと後ろめたい気持ちで暮らしていくのかもしれない。
当然、ノートを持ち出したことはすぐに発覚した。
放課後、唯から電話がかかって来て、彼女の平静さを装っているが激昂している声に、小春は愉快さを覚えていた。
「明日の夕方、図書室の倉庫に返しておくから」
短くいって、小春は一方的に電話を切った。
もう電話はかかって来なかった。
熱のせいで頭のなかが重怠い。残っていたおかゆを夕飯にまた食べ、熱冷ましを飲んで小春は眠った。
母たちが帰宅した気配で目が覚めたが、もう一度眠った。
重荷から解き放たれたように、眠りは心地よかった。
翌日、授業中を狙って小春は学校に向かった。
図書室に入って挨拶をすると、立原は目を丸くした。
「えっ、稲川さん?」
「忘れものの場所、思い出したんです。取りに来ました」
「授業は? いま自習なの?」
立原のびっくりした顔に、小春は自然に笑い返した。
「風邪で休んでるんです。今日も、この後病院にいって来ます」
するすると嘘が出た。
熱があるのは本当だが、もう微熱にまで下がっている。小春は微笑みを崩さない。
嘘に沈んでいく速度はきっとはやい。溺れてしまわないうちに、染まってしまわないうちに、嘘から離れてしまわなければ。
「あらやだ、ひどくなったら大変よ」
小春は倉庫に足を運んだ。
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