1-1 あたらしいともだち

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 台所に立った母の手が、ときどき宙を舞う。それは前の家の皿が置いてあった場所であり、調味料を置いてあった場所である。母もまだ新しい住まいになじんでいない。通勤時間の長くなった父は、家にいる時間がとても短くなっている。前のように寒い冗談もほとんどいわなくなった。  学校の廊下を歩く唯の耳が、犬の吠える声を拾った。  この穫掴小学校は、飼育小屋が大きかった。以前通っていた小学校の倍はある。  うさぎににわとり、ちゃぼ。雑種の犬までいるのだ。  飼育小屋の生き物にふれられるのは飼育委員だけらしい。遠目に見た雑種の犬の白い体毛はふかふかそうで、一度でいいからさわってみたかった。聞こえて来た犬の吠え声は続いており、その体躯の大きさを唯は思い出す。抱きついたら、きっと気持ちがいいだろう。  引っ越して来たタイミングも悪かった。クラスメートと親交を深める機会だろう、五月の修学旅行と六月の運動会は終わっていた。運動会の記憶が新しいクラスの面々の会話に、唯は入りこめなかった。 「……帰りたい」  唯はつぶやいていた。  祖母の家に比べたとき、まだこちらのほうがいい。まだなじめないでいる学校のほうが、唯のかたちに寄り添ってくれていた。じんわりと染み入る水のようだ。そのうち唯は慣れるだろう。その水に浮かびたゆたう日が来るのか、それとも沈んでいくのか。  唯は廊下のはじからはじまで歩く。
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