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文月はシャツを鏡の前であてがってみて、「ちがうかな」と言って棚に戻す。そして他のシャツを手にとった。
「じゃあ、あの歌は何を言ってたんだろ。こいのぼりは、でも、家族のことだよね」
「たぶんそれはそうだと思う。お空にいる家族」
つぎのシャツには『your love is fake』と書かれていた。文月はその言葉を指さして、「なんて意味?」と訊いてきたから、「あなたの愛は偽物」と答える。文月はなぜか、「いいね」とつぶやいた。
「多恵姉ぇもさ、さっきこいのぼり見たよね、橋のとこで」
「ああ、うん。あのおっきいやつね」
烏畑橋から見たこいのぼり――大、中、小の鯉――を思い出す。風が強くて暴れるようにはためいていた。
「若菜があの歌で言ってたのってさ、夜にお家で起きてた夫婦喧嘩とか、もしかすると、どめすてぃっくばいおれんすとか、そういう事じゃないかな」
文月はシャツをしげしげ眺めながら、そんな突拍子もないことを、いたって平坦な口調でそう言った。だから私は一瞬言葉を失って、でも、
「はあ? ……え、それって、嵐だとこいのぼりが激しく揺れて、それでそんなことを連想するってこと?」
「そう」
文月は偽物の愛を書いたシャツを鏡の前であてがって、満足そうな顔をした。この子のセンスはまるで分らない。
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