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名前を教えてくれない少女
「痛っ!」
「わぁ、ごめん!」
少年は、病気で入院している親戚のお見舞いのために。少女は、小さい頃から心臓の病気で入院していて。二人は病院にいた。
少年がお見舞いを終え、病室から出ようとした時のことだった。同時に病室に入ってこようとした少女と、ぶつかった。
「わっ!」
「キャア!」
二人は顔を上げ、見つめ合った。そこだけ不思議な時間が流れているような、違う世界にいるような、そんな感じがしていた。
「ちょ、ちょっと!あ、あんまり見ないでよ……、き、気持ち悪い!」
「え、あ、ご、ごめん。」
少年は離れようとするが、また二人の視線がぶつかる。二人は不思議な引力に惹かれ合っていた。もう、もとには戻れないくらい強い引力に。
「また今日も、来てくれたんだね。」
カーテンを開けると、嬉しそうな顔をした少女が座って、僕を見ていた。彼女は小さい頃から心臓に病気を持っていて、治療を続けてきたという。こんなに元気な姿を見ると、病気を持っているだなんて思えない。
今日も親戚のお見舞いと言いながら、本当の目的は彼女に会うこと。あれからなぜか離れることができなかった僕たちは、こうやってほぼ毎日、面会をしている。
「今日は聞きたいことがあるんだけどさ。」
「なぁに?変なことには答えられないけど。」
「あのさ……。君の名前を、教えてよ。」
そう言うと、少女の顔がふと寂しそうに歪んで、視線が僕から逸れた。
「ごめん。名前は教えられないんだ。あなたの名前も、教えないで。」
「え?どうして?」
「名前を教えたら……、ううん、何でもない。絶対に、私はあなたの名前を知りたくない。私の名前も、知ってほしくない。もしあなたが私の名前を知ったり、私があなたの名前を知ったりしたら、私たちは終わりだからね。」
その言葉に息を呑む。お互いの名前を知っただけで終わる関係。
僕の胸の内を察したのか、少女は変って思われるよね、と寂しそうに笑う。何かを隠しているように見えるけれど、それが何かは分からないし、僕が踏み込んではいけない領域のような気がした。
「教えられないような理由があるんだよね。うん。分かった。教えないよ。君の名前も、知らなくていい。」
「ごめんね。」
一瞬僕のほうを見て彼女が放った言葉は、僅かではあるが震えていた。
「ううん。きっと君のことだから、事情があるんでしょ。僕には言えない?」
「言えない。私でさえも、知っちゃダメなことだから。」
「ふーん。僕、もうすぐ帰るね。親に怪しまれる。」
無理やり何でもないというように笑って ー上手く笑えたかは分からないけれどー また明日来るね、と言いながら、カーテンを開けて部屋を出た。周りを見回すと、同じ部屋のおばあさんがニヤニヤしながら僕を見ていた。
両親が、私のことを見て悲しそうな顔をするようになったのはいつからだっただろうか。小さい頃から私が治療で苦しいとき、辛いときも、私の前では絶対にそんな顔をしなかった両親。何か理由があることは分かっていたが、それを私は知ろうとしなかった。知りたくなかった。
でも最近は、嫌でも分かってしまう。私の寿命はもう僅か。小さい頃から治療ばかりしてきたけれど、それは成功せずに死んでしまうのだと。親はそれを知っている。でも、私には言おうとしない。私はもう、高校生なのに。
最近、私は一人の少年と出会った。私は少年が少年だということしか知らないし、彼も私が私だということくらいしか知らないけれど、私は彼に惹かれている。もうどうしようもないくらいに、惹かれている。
だから、怖い。ー自分の名前を教えるのが。 彼の名前を、知るのが。
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