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ホシが帰った後の部屋に一人になると、ミツは先程彼が置いて行った書物を手に取る。 一冊は七つの子どもに読んで聞かせるには簡単過ぎる、もっと幼い子に読んであげるようなもの。 一冊は七つの子どもが一人で読むには難し過ぎる、三部作の物語の二部作目だった。 部屋の扉が叩かれ、侍女が入って来る。 「あーあ…疲れた。僕、寝るね」 大きくあくびをして、侍女が次は音楽のお稽古ですよと言うのを、嫌だ嫌だ、眠いと振り切り寝室に飛び込み寝具に潜り込む。 侍女は困った顔をしながらも、いつもの事と、部屋を出て行く。 それを確認したミツは寝台に座り、隠しておいた書物を開く。扉には背を向けて、僕が書物を読めるなど知られてはいけないとばかりに、こっそりと。 ホシが一冊、一冊と持って来てくれるこの書物。これがたくさん並んでいるという書物庫とはどんな所なんだろう。ミツは物語の世界に入り込む前に、いつも憧れるその場所を思い浮かべる。 僕には必要ないと、連れて行ってはもらえない。連れて行ってと言ったらどうなるだろうか。 東の国の第一王子として産まれたミツは、王とその正妻との間に出来た子どもで、慣例では王位継承権は一番上であるはずだった。魔力を持つ王と妻の間に産まれた王子は魔力を持つと皆、思っていたのだが。王子は図らずもそれを裏切り、生後間もなくの魔導士の鑑定で魔力が全くないことがわかった。 王は失望し、妻の不義を疑った。しかし、魔力を持つ者は魔力を持つ者としか交われない。 魔力を持つ者同士から、必ず魔力持ちの子どもが産まれるわけではないと城勤めの魔導士から諭され、王の妻への不信は和らいだのだが。産まれた王子に王位を譲ろうとはこの時すでに王は考えてはいなかった。 子どもはこれからも産まれて来る。その子どもに魔力があればそれを次期王に。 王の魔力に対する執着は一体どこからきているのか。他国では魔力がなくてもその素質があれば、王位に就く者も多くいるというのに。 それから王子の教育はなるべく穏やかに、優秀にならないように、自分が次の王位に就こうなどと考えないようにと気を配られた。武術の稽古をさせず、読み書きは最低限に教えられ、お付きの人数は少なく、一国の王子としてはだいぶ細やかな生活を送っている。読み書きを教える家庭教師はホシ一人、それもまだ成人前の若者で「遊び相手」と言ってもいいくらいだ。 だが、このホシを王子に与えたことが今後の仇になるとは、王も思わなかったろうし、ミツとホシもまだなんの考えもなかった。 ホシも頭の良い若者だが、それを隠すのが上手だった。王子の聡明さを外へ出さぬよう、自らの優秀さを気付かれぬように立ち回っていた。「ミツ王子とホシはお似合いだ」そう言われ始めた頃、第二王子が誕生した。魔力を持つその王子は次の王ともてはやされ、ミツとホシはますます二人だけで孤立した。 まだ少年のミツは王位に就きたいなどと考えてもいなかった。書物庫への思いには蓋をして。あまり目立つことをするものではないなと、本に目を移しそのまま違う世界へと旅立って行った。
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