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いつも黙ってされている男が今日は口を開く。
「もう、やめましょう…。こんなこと」
している方の男が含んだものを出し、自由になった口で返す。
「こんなこと?」
「そういう…ことです」
わかっているのに首をかしげて、男はまた奉仕にかかる。
「だ…から、いいですから…」
「僕は、君の力が続く限り、この国の騎士団長でいてほしいと思ってるよ」
「そのための、これ…では、ない…ですよね?」
「僕の色情夫になれなんて、言わないから」
「もう…やめてください…!私はこんなこと、もうしたくない!」
「なら、どうしたらいい…いっそここで、二人で命を断つか?」
されていた男が、本来は座ってはいけないような豪奢な椅子の背もたれにもたれかかり、天井を仰ぐ。
その目でぐるりと周りを見ると、ある事に気付く。書物庫の隣にある部屋のくせに書棚がなく、一冊の書物も置いていないのだ。
男はそれを口にしてみる。
「失礼だろう?書物に。字は血と同じだ。どんな内容であれ、一文字、一文字が書いた者の身体から出ている。一滴、一滴と絞り出す、血だ」
それを聞いて、男はこれからまたしようとする男の手を引き、床に押し倒す。
「こういうことをするために、この部屋を作られたのですか?」
押し倒された男は、首を振ろうとしたのか、頷こうとしたのかわからないくらいの微妙な動きを途中で止める。
「こうなってしまっただけだ。お前が僕の元に通ってくれないから。ただ月に数度、来てくれたらそれで良かったのに」
「できません、それは。またあなたは…我儘を…」
下にいる男は、潜ませていた短剣を素早い動きで自分の喉にあてる。本気なのだろう。少し刃があたり血が滲む。もうあと少しで、首の急所を刺すことができそうだ。
「悪かったな。お前に助けられた命を燃やしきれず」
短剣が喉を刺すその間際、上の男は自らの顔をそこに押し込み、その頬に刃が切り込みを入れ、喉から逸れる。
「邪魔をするな!」
それを引き抜いた男が、刃を自分に刺しそこねた男の問いかけには答えず、短剣を奪う。
「もう、あなたの我儘には、我慢ができない…」
喉元に短剣を押し当てられ、部屋の外へと出された男は、後ろへ言う。
「ここでは刺すなよ。書物と部屋が血で汚れる」
「血で出来ているのに」
「それとは別だ。ここは苦労して手に入れた、僕の大切な場所なんだ。頼むよ」
うっすらと汗をかいて、息も上がる姿は恐れに震えているのか。そんな奴ではないと、それを引きずる男は思っているのか。
わざわざ書物庫の扉を開けて、廊下に出ると「偶然」居合わせた男に、その姿を見せる。窓辺に立ち、外の月明かりで良く見えるように。
「私は王を殺そうとした。秘密のあの部屋で」
違うと叫ぶ王の口を手で塞ぎ、その喉を浅く切る。
王を殺そうとしたと言う男は肘を激しく当てて、後ろの窓を叩き割ると。さらに自分の身体の重みで全てを破壊する。
王も道連れかと、居合わせた男が手を伸ばすとその身体は呆気なく手放され。
短剣を持つ男の身体だけが、窓の外へ落ちて行った。
「誰か!騎士団長の謀反だ!誰か!」
その腕の中で「王」と呼ばれた男は、落下していくその姿を見送っていた。
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